恋人のフリはもう嫌です

「ハハ」

 彼の笑い声を聞き、動きを止める。

「まだ、大してなにも書いていません」

「まずいな。身悶えるくらい、くすぐったい」

 ため息をつく彼が、どこか艶かしくて真っ直ぐ見られない。

 ペンは普通のボールペンで、油性マジックのようなものではない。
 だから、余計に書きづらくて。

 最初の『す』を書いて断念した。

「書けません。ひどくいけない行為をしているみたいで」

 深夜、というよりも、もやは早朝のコーヒーショップ。
 人もまばらな店内で、手を握り合い息を荒くさせる二人。

 なにより彼が目立つから、少ないお客の中でも視線が気になって。

「千穂ちゃんの言い方が卑猥」

「ちょっと、西山さん?」

 私の抗議は彼のクククッと笑う声に、有耶無耶にされる。
 良かった。私の知っている彼だ。

 彼は自分の手を覗き込み「これは『す』?」と質問した。

「内緒です。書き終えるまで教えません」

「続きが気になるな」
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