恋人のフリはもう嫌です

 息も絶え絶えになった頃、彼は私の肩辺りに顔を移動させ、耳をペロリと舐めた。

 恥ずかしい声が漏れると、彼は乾いた声で笑う。

「かわいい反応。虐めたくなる」

 もう一度舐められ「やっ」と声を上げると「これに懲りたら大人をからかわないの」と叱られた。

 こんなの嫌だ。
 私は彼にしがみつき、言葉を漏らした。

「意気地なし」

「まだ言う?」

 呆れたような彼の声が痛い。
 見栄くらい張らせてほしい。

「千穂ちゃんの意地っ張りに付き合いたいのは山々だけれど、今日は外せない用事があって」

 彼の申し出に、胸が苦しくなった。

「パンもコーヒーも冷めてしまったよ」

 私の頭をかきまわし、彼は私から離れキッチンに向かった。
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