恋人のフリはもう嫌です

「そう言ってもらえると、奔走した甲斐があるな。健太郎に丸投げされて、文句を言いたい気分ではあったから」

「ふふ。実際は直接投げられてもいないのに、ですよね」

 健太郎さんは、誘導が上手だ。
 目の前に餌をぶらさげられ、しかも注意深く観察しなければ、健太郎さんの仕業と気付かない。

「馬鹿だなあって顔している」

「え、まさか。そんな」

「千穂ちゃんってさ。健太郎の話をすると、生き生きするよね。健太郎ごときに、嫉妬する自分に腹が立つ」

 運転中の彼は不貞腐れた表情をさせ、私に無理難題を言い渡す。

「俺は千穂ちゃんと違って、キスで機嫌が直るよ?」

「な、にを。仕事中ですよ、ね」

 私は彼の言葉に簡単に動揺するのに、言った張本人は冷めた顔をさせ、返事をくれない。

「西山、さん」

「会社に着くまで眠りなさい。俺も余計な発言をしなくて済む」

 突き放つような声を寂しく思っていると、「スーツの端、持っていていいから」と付け加えられた。
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