恋人のフリはもう嫌です

「寝不足だろうから、今日は早めに寝なさいね」

 お父さんのような発言をされた私は、仕事を終えるとおとなしく帰路に着く。

 会社を出たすぐの脇に、女性が立っていた。
 人の流れの中、隅で立ち止まっているのは、誰かを待っているのだろう。

 私に気付くと歩み寄ってきて、え? 私? と辺りを見回した。

「藤井千穂って、あなたよね」

 紛れもなく、私に用事があったようだ。
 かろうじて頷いた私に、女性は続けた。

「私、坂井美菜子。勘違いしているようだけれど、透哉さんの恋人は私だから」

 目の前の世界がガラガラと音を立て、壊れていく気がした。

 忘れられない人。『ミイ』
 彼女がその人だというの?

 彼女は尚も続けた。

「私たちはすれ違っているだけで、本当は通じ合っているの。だから邪魔しないで」
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