恋人のフリはもう嫌です

「送っていただいて、ありがとうございます」

「うん。おやすみ」

「おやすみなさい」

 いつものように軽くおじきをすると「ねえ」と彼に声をかけられた。

 顔を上げた先には、いつもはすぐに駅に向かう彼がまだ私と向かい合って立っていた。

「健太郎、今日は接待で遅いらしいね。寂しい?」

 総務課で接待はそうそうない。
 今は総務課に導入するシステムの関係で、システムに付随する周辺機器メーカーと打ち合わせが多い。

 導入するシステムの責任者である健太郎さんは、このところ、自社の機器を使ってもらおうと売り込むメーカーから接待を受ける機会が増えたのだ。

 健太郎さんとは同じマンションに住んでいるだけで、一緒に暮らしているわけではないから、正直寂しいかと聞かれても困ってしまう。

「寂しいというか」

 返答に困り言葉を詰まらせていると、「恋人役はどこまで引き受けてくれるの?」と質問された。

「どこ、まで?」

 言葉の真意を掴めずにいると、彼は一歩私へと近づいた。
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