恋人のフリはもう嫌です
「さあ。もうお帰り。それとも今日は玄関前まで送ろうか」
「いえ。ひとりで帰れます」
彼に会釈をし、入り口のオートロックを解除する。
「では、おやすみなさい」
「ああ。おやすみ」
振り返って改めて挨拶をして、何食わぬ顔でエレベーターホールの方へ歩いた。
自分の部屋までは平常心を保とうと、いつも通りを装った。
なんとか平静を保ち、玄関に一歩入ったところで緊張の糸が切れてしまったようだ。
背を扉に預け、ズルズルとその場にしゃがみこむ。
ぶわっと顔全体が熱くなるのが、自分でもわかった。
よくここまで我慢したと、自分を褒めてあげたい。
だって、彼と、西山さんとキスをした。
指先で唇に触れようとする、その手が震える。
動揺を悟られなかっただろうか。
慣れていないつまらない女だと、彼に思われたくない。
彼が噂の西山さんとは知らなかった。
憧れていた彼の名前さえも知らなくて。
それが……。