転生人魚姫はごはんが食べたい!
「木登り脱走、迷子の常習犯。打ち身切り傷は日常茶飯事。はては嵐の海で船から落ちて溺れかけただの、先日も船ごと行方不明になられたそうで。私はいったい何度旦那様の身を案じて涙を流せばよろしいのでしょうか」

「はあ……?」

「まったく誰に似たのでしょう。いつもわたくしの寿命を縮めるような真似ばかりなさるのです。先日の行方不明事件など、まさに寿命が尽きる思いでした。ええもう、弱い五十にして天に召されかけましたとも。無事にお戻りくださったこと、お姿を目にした瞬間には間抜けにも膝から崩れ落ちてしまったものです」

 そうしてイデットさんは一言と言いながらも結構な尺で旦那様との思い出を語っていった。

「この度の結婚においても同じです。無事にお戻り下さったかと思えば、突然結婚するなどと申されて!」

 それは……
 大変なんですね、とでも言っておくべきなのかしら!? 怖そうに見えるけれど、結構良い人? 饒舌だし。

「しかしながら、そのようなお姿さえ可愛らしくもあるのですから怖ろしい。わたくしは坊ちゃまの愛らしさに笑顔を教わったと申し上げても過言ではありません。ですからわたくしどもはみな、純粋な坊ちゃま――旦那様が悪い女に騙されていやしないかと心配しているのです」

 成程。私が坊ちゃま――じゃないっ! すっかりイデットさんの癖が移ってしまったわ。
 成程。私は旦那様を誑かした悪女かもしれないと疑われているのね。私の旦那様は随分と慕われているようだ。

「時にエスティーナ様」

「はいっ!?」

 もしかして心の中で気を抜いていてことがばれた!? それとも悪女にはお帰り願います!?

 いきなり名前を呼ばれたことで再び緊張が襲う。

「わたくしは先日、初めて嬉し涙を流すという体験を致しましたが。それは貴女のおかげなのですよ。エスティーナ様」

 お小言ではなかったことにも驚いたけれど、原因が私だということにも驚かされる。

「坊ちゃまは……旦那様は気丈に振る舞ってはいらっしゃいますが、とても孤独な方なのです。ですから結婚についてはあまりのことに悲鳴を上げてしまったとはいえ、旦那様が苦楽をともにしたいと思える相手を見つけられたことは非常に喜ばしいことでした。ですからエスティーナ様、いえ奥様!」

「お、奥様……?」
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