転生人魚姫はごはんが食べたい!
 もしかして私が王太子妃になって贅沢をしたかっただとか、いずれ王妃になりたかっただとか、そういう野望を抱いていたと思われています? だとしたら検討違いもいいところです。きっぱり否定して差し上げますわ!

「いいえ」

 やはり私の発言は予想外だったのか旦那様は目を丸くしていた。

「旦那様、なんのために私が海まで全力で走ったと思うのですか?」

 足は震えて息が上がった。心臓は破裂しそうなほど激しく音を立て呼吸は苦しい。それでも走り続けたのは一秒でも早く伝えるためだ。

「みんなに旦那様のことを自慢したかったのです! 私の旦那様はとても誠実で、優しくて、私のことを大切にしてくれたのだと! たくさんの人に慕われて、責任感があって、真面目で……私、旦那様と過ごした時間は短くても、旦那様のいいところならたくさん知っています。それも王子だとか、身分には一切関係のないことばかりですわ!」

「エスティ……」

 私を呼ぶ声はいつもより弱く感じた。

 いつもの自信はどこへいったのですか? いつものように、笑ってくださいよ。ねえ、旦那様……

「私は王太子妃になりたくて妻になったわけではありません。王妃になりたかったわけでもありません。それよりも私には大切なことがあるのです!」

「な、なんだ……?」

「私の両親は、厳しいけれど娘を愛し、見守ってくれる人でした。姉たちは優しく、妹はこんな私のことを慕ってくれました。私は海の国で、贅沢なほどに幸せだったのです。それなのに私は、いつも何かが足りないと考えてしまう強欲な人魚。その足りないものを埋めてくれたのは貴方ですラージェス様!」

 あの日、美味しい物を食べさせてくれると言ってくれた。私にはそれだけでよかった。

「ですからそのように自分を卑下するような真似、私には賛同出来ません! 旦那様の身分も、生い立ちなんて私には関係ないのです。文句ありますか!? あってもまずは帰るんですっ! 夕食に遅れてしまいますわ。さあ――」

 私は旦那様の手を少し強く引っ張った。私よりも体格のいい旦那様を引きずるなんてことは出来ないけれど、立ち尽くしていた旦那様はやがて一歩を踏み出す。さらに私が手を引けば静かに歩き出し、隣へと並んだ。しばらく歩くと沈黙を守っていた旦那様が呟く。

「なあ、海の国ってどんなところだ?」
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