転生人魚姫はごはんが食べたい!
 家族の話題はここまでということかしら。旦那様が気持ちを切り替えたのなら私も従いますわ。無力な自分は歯痒いけれど、私はまだこの人に掛けるべき言葉を持っていないから。

「いいところですわね。走る必要もありませんし」

「最初に浮かぶのがそれかよ」

 呆れの混じる小さな笑い。旦那様に笑顔が戻るよう、私は大袈裟に話す。

「仕方ありませんわ。久しぶりに全力で走って疲れたんですもの!」

「それは置いとけ」

 仕方なく私は走りつかれた記憶を一旦封印する。そして今度こそ懐かしい景色を思い浮かべた。

「とても美しいところです。旦那様のお城とは随分形が違いますけれど、海の国にも王宮があるんですよ。多くの人魚たちが暮らしていて、それはそれは色鮮やかで。私の青に、緑や黄色、人魚たちの姿は花が咲くような美しさでした。鳥はいませんけれど、魚たちは自由に泳ぎ回ります。木はありませんが、魚たちは珊瑚礁に戯れるのですわ」

「そうか。本当に、お前と一緒に行けないことが残念だな」

 私もいつかこの人に見せてあげられたらと願ってしまう。でもそれが叶わないことを知っているからせめて伝えたい。

「旦那様が海の国に行けないのなら私がたくさんお話すればいいのです」

 十七年暮らしてきた思い出は語り尽くせるものじゃない。旦那様の声は淋しそうなままだったけれど、いつしか繋がれた手には力が込められていた。
 歌を捧げる勇気はまだないけれど、この人のためにしてあげられることがあるのは悪くないと思う。
 なんとなく離れがたくて、私たちは手を繋いだまま城へと戻っていた。
 門番たちに出迎えてくれたイデットさん。彼らの目に映る私たちは仲の良い夫婦に見えるらしいけれど、私の心にはまだ淋しさが残っている。きっと旦那様の心にも……
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