転生人魚姫はごはんが食べたい!
 大人がすれ違っても余裕を残す広い廊下だ。その真ん中にぽつんと落ちている存在は、正直に言ってとても気になる。

「落とし物?」

 近付いて周囲を見回しても人の姿はない。拾い上げ、表を見ても裏を見ても、手掛かりは記されていない。持ち主を探すためには仕方がないと、申し訳なく感じながらもページを開いた。

「こんな時、文字が読めたら助かるのよね」

 そこにはびっしりと文字が書かれている。もちろん文字の読めない私にとっては暗号のようにしか見えない。今の私では落とし主を捜してあげることも出来ないのだ。

「ニナかイデットさんに届けておけば大丈夫かしら」

「あ、ねえ、そこの君」

 この声はエリク様?

 私が二人の居場所を訊ねようとすると、それよりも早くエリク様が私に訊ねてきた。

「ちょっと聞きたいんだけど」

「エリク様、ちょうど良いところに」

 本を手にしたまま振り返ると、とんでもない悲鳴が聞こえた。目の前にいるエリク様が上げたものだ。

「エリク様?」

「……そうだよ。僕が書いたんだ」

「え?」

 それはあまりに小さな声だった。思わず聞き返してしまうとエリク様はさらに声を荒げる。

「笑いたければ笑えばいいだろ! ああそうだよ。僕が、この僕が恋愛小説を書いてたってわけさ!」

「あの、エリク様」

「何! 文句あるわけ!?」

「私、文字は読めません」

 その瞬間、エリク様の目が点になった気がする。お互いにいたたまれない沈黙が流れていた。出来る女は何も聞かなかったことにするのが正解?
 考え込む私と放心するエリク様。そして遠くからはばたばたと複数の足音が響いていた。

「エリク! それに奥様!? おぞましい叫び声が聞こえましたが何事です!」

 あの悲鳴、どこまで聞こえたのかしら……。血相を変えて最初に駆けつけたのは近くにいたであろうイデットさんだ。

「それが――」

「大丈夫! 何も問題ないからイデットさんは仕事に戻ってて!」

 私がなんでもないと答えるよりも早くエリク様が指示を飛ばしていた。

「とても大丈夫とは思えない悲鳴でしたが……」

「だ、大丈夫って言ってるでしょ! イデットさんは何も心配しなくていいから! それと、この人借りてくから!」

「……へ? わ、私?」
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