転生人魚姫はごはんが食べたい!
 ずるずると私は腕を引かれて行った。エリク様も男性なだけあって力は強い。そして押しも強かった。
 近くの部屋に押し込まれると、エリク様は扉の前に立って私の逃げ道を塞いだ。話し終えるまでこの部屋から逃がさないつもりらしい。

「――で、何が望み?」

「望み?」

 本気で理解出来ていない私が首を傾げるとエリク様は苛立ちを濃くする。

「だから口止め料!」

「何を黙っていればいいのですか?」

「はあ!? そこまで言わせようっていうの? この性悪!」

「性悪って……」

 とっても心外なんですけど。

「僕が小説書いてることだよ! こんなの……こんなのジェス君だって知らないんだから! 僕を笑いものにするつもりなんでしょ!?」

「エリク様は小説を書いているのですね」

「そうだよ! それが何!?」

 頭ごなしに怒鳴られると言いにくいものだ。でも私は正直な気持ちを伝えてみた。

「読んでみたいと思っただけですわ」

「はあ? どうせ読んで笑うつもりなんでしょ!」

 刺々しい反応に、刺激しないよう慎重に答えていく。

「笑うはずありません。それに口止め料だっていりませんわ」

 諭すようにゆっくり告げると、ようやくエリク様も私の話に耳を傾けてくれる。

「小説、君も読むの?」

「大好きなんです。特に恋愛小説、いいですよね。たくさん読んでいましたわ」

 前世での話だけど、恋愛小説好きには変わりないし、間違ったことは言ってないはずよ。

「それに、熱心に書かれたものを笑うはずがありません。確かに文字は読めませんでしたが、全て手書きなのですよね。あれだけのページに綴られた物語ですもの、熱意が込められていることは私にもわかります。ですから文字が読めなかったことが残念で……あ! 口止め料は入りませんけれど、少し相談に乗ってもらえませんか?」

「……早く言えば」

 そっけない態度ではあるけれど、エリク様からはもうあの刺々しさは消えていた。扉の前に居座る姿も落ち着いて見える。数秒前まではまるで猫の威嚇だった。

「私、文字の勉強をしたいのです。何かいい教材、もしくは先生を知りませんか?」
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