転生人魚姫はごはんが食べたい!
 ――て、そうじゃなくて! えーと、えーと、ここで夫を困らせていそうな妻の演技の出番ね!?

「私、今日を楽しみにしていましたのよ。主人から、伯爵様なら私を満足させて下さると聞いていますの」

「それは嬉しいお言葉ですな! ぜひゆっくりとお話させていただきたいものです。まずは飲み物でも、どうぞゆっくりと過ごされて下さい」

 主催者というだけあって忙しくしているようだし、私たちが独り占めすることも難しそうだ。少し残念に思いながらも去っていく伯爵の背中を注意深く見つめた。そんな私の肩を力を抜けとでも言うように旦那様が叩く。

「動向には気を配っておくが、まずは俺たちにも仕事が待ってるぜ」

 俺たち?

「何かありましたか?」

「ここは社交場だからな。お前と話したいって奴がお待ちかねだ」

 旦那様が目配せした先には私たちの到着を今か今かと待ちわびている、そんな熱意を感じた。
 あ、はい、王子様……ひいてはその妻である私とお近づきになりたい人は多いようで。
 それこそ挨拶の列が出来るほどにね!

「しっかり頼むぞ、奥さん」

 主催者である伯爵も忙しそうにしているけれど、私たちの忙しさだって負けていないと思う。挨拶のしすぎで挨拶とは何か、自分の名前とは何かまでを哲学的に考えそうになってしまった。
 私は旦那様に連れられてたくさんの人に挨拶をした。私を見せびらかすという話は本当だったのか、この会場だけで覚えきれないほどの人と言葉を交わした。
 これからは、これが私の日常になる。私のために力を尽くしてくれた旦那様に恥をかかせるわけにはいかないと気を引き締めた。

 妻である私と、本物の王子様である旦那様。どちらがより挨拶の列が長いかと言えば、もちろん後者だ。挨拶から解放された私は未だ囲まれている旦那様を横目に、壁の絵画を見つめていた。
 本当は今すぐ料理に突撃したいけれど、他のお客様からはしたないと思われてもいけない。私の行動はちらちらと遠巻きに観察されているのだ。

 でも、美味しそうよねえ……

「はあ……」

 旦那様も美味しいと言っていたし、食べたいわ……

「美しいでしょう?」

 そんな私に話しかけてきたのは伯爵様でした。

「突然失礼致しました。随分と熱心に見入っていらっしゃいましたので、気に入っていただけたのかと」
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