桜田課長の秘密
「君が付き合うという定義をどこに置いているのかは知りませんが、肉体関係を持つ相手には不自由していません」

「愛情のないセックスなんて、空しいと思います」

「そうとも限りませんよ。なんならご説明しましょうか?〝経験の乏しい〟江本さん」

売りことばに買いことば。
この手の口論に乗ってくるタイプだとは思わなかった。
けれども、そうではなかったらしい。
彼の導火線に火がついたのが分かった。

「そもそもセックスで得られる快感というのは、脳内物質ドーパミンの放出に他なりません。それは『種の保存』のために遺伝子にプログラミングされているのであって、決して恋だの愛だの曖昧《あいまい》な感情に左右されるものではないのです」

滔々(とうとう)と流れる、よどみのない講釈。

「よって、現実的には愛情を伴うことがなくとも、身体の特定の箇所を刺激すれば、性的な快感が得られます」

「で、でも、それでは自分でするのと変わりません」

「なるほど、愛し合ってこそ得られる快感。これが『種の保存』につながるという説ですね」

悔しくて絞り出した反論に、課長は腕を組んで考えこんでしまった。
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