桜田課長の秘密
* * *

「おいっ、江もっ――」

廊下に向かって『佐田倉大先生』と、声を張り上げた江本巴。
彼女は動揺する僕を残して、走り去った。

バタン――と、扉が閉まる音。
立ち上がりかけた半端な姿勢のまま、固まってしまう。

「なんだ、あの女……」

口をついて出た言葉に、我に返った。
椅子に深く座りなおして、コーヒーをひと口。

通常、怒りなどで感情が高ぶると思考が鈍るものだが。
彼女がとっさに吐いた言葉は、効果的に僕を揺さぶった。

あれが偶然でなければ、相当に切れ者だぞ。

いや、最初から優秀な人材だとは思っていた。

複数の仕事を同時進行でこなす要領の良さなどは、経歴とは関係ない、彼女自身の地頭の良さを感じさせるものだったし、女にありがちな仕事に私情を持ち込むようなこともない。

もっともそれが災いして、しばしばキャパシティーを超えた仕事を抱え込むようで。
正社員に採用した折には、人事部直属にして、仕事の質と量を調整しようと思っていた。

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