桜田課長の秘密
いつまでも立ち去ろうとしない彼に、仕方なく笑顔を返す。

「まだ何か?」

「うん、今日こそ夕飯どうかなって」

「相田さん、お気持ちは嬉しいのですが、いくら誘っていただいても夜はおつき合いできませんよ」

だからもう、二度と誘ってくれるな――という言葉は飲みこんだ。

「お婆さんの体調、まだ悪いの?」

「はい、ですので食事は他の方を誘ってください」

祖母の体調が良くなることは、永久にない。何故ならすでに亡くなっているのだから。さらに言えば、待っているのは病床の祖母ではなく、キャバクラのお仕事なんだけどね。

「じゃあさ、ランチにしようか。昼なら問題ないでしょ?」

伝わらないなあ、そしてめげないなあ……

この際ご飯でも食べながら、その気がないことをしっかり伝えた方がいいのかもしれない。

根負けして『分かりました』とうなずいた瞬間。信じられないと目を見開いた彼が、大声を上げる。

「本当に!? じゃあ明日、明日の昼にしよう。何が好き? パスタ和食中華、それとも多国籍にしようか」

「相田さん、声っ!」

集まる好奇の目、目、目。

『良かったなぁ、相田』という同僚からの声に、

「苦節3ヶ月、わたくし相田涼平、ついにやりました!」

拳を突き上げて見せる無邪気さが憎い。

「巴ちゃん、いつもはお弁当だよね。明日は絶対にアポ入れないから、持ってこないでね」

地に足が着いていないというのは、ああいうのだろう。そのまま空高く舞い上がって、宇宙の果てに消えてくれたらいいのに。


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