桜田課長の秘密
「ねえ、江本さん。僕は今、君をモデルに官能小説を執筆しています」

至近距離で聞こえる声に、身を固くした。

「体には触れるが、本番はなし――。この意味、分かっていますよね」

「はい……そのつもりでした」

昨夜のように、腕や唇に触れられるのは覚悟していた。

だけどキスだけでもこんなに解釈が違うのだから。
課長の求めている〝触れる〟は、私の想像をはるかに越えているに違いない。

「でも、ごめんなさいっ。課長が思っているのとは違う気がします!」

『やっぱり無理です』そう言おうと布団から顔を出した瞬間。
待ち構えていた大きな手に、頬を包まれた。

目尻を下げて微笑むその表情は慈愛に満ちて。
それでいて、これから捕食しようとする獲物への哀れみのようにも見えた。

「震えていますね……そんなに怖いですか?」

「いいえ、平気です」

この人に弱みを見せてはいけない気がした。

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