授かったら、エリート弁護士の愛が深まりました

何度もあれは何かの間違いだ。人違いだ。そう思い込もうとしたけれど、見覚えのある黒い傘が“あれは黒川さん本人だ”と酷な現実を突き付けてくる。

愛してるのは私だけだって……そう言ってくれたのは嘘だったの？

彼を信じたい。けれど、紗季さんと一緒にホテルに入って行くあのときの光景が私を苛む。

左の薬指には黒川さんからの婚約指輪が、私の今の気持ちとは裏腹に無邪気に輝いていた。

それにしても、お父さんはどうして私の居場所がわかったのかな……。

探偵でも雇ったのだろうか、それにしてもやり口が荒っぽすぎる。

「失礼します。旦那様からの言付けで、今日お仕事が終わり次第、居間でお話をするとのことです。菜穂さん、今朝から何も召し上がってないのではお身体に触りますよ？」

ドアの向こうから家政婦の香帆さんの声がして、たわんだ背中を伸ばす。

「香帆さん！」

勢いよく部屋のドアを開けると、香帆さんが驚いた顔をして私を見た。

「まぁまぁ、目が腫れているじゃありませんか。今、冷やす物をお持ちいたします」

香帆さんは五十代の独り身女性で、ずっと住み込みで小さい頃からよく身の周りの世話をしてくれた。祖母と同じように私の性格もよく知っている。だから、今私が居ても立っても居られない状況なことはわかっているはずだ。