授かったら、エリート弁護士の愛が深まりました
「それよりも香帆さん、今すぐに連絡したい人がいるの! お願い、私のスマホどこ? パソコンでもいいから――」

詰め寄る私に眉尻を下げ、香帆さんは力なくふるふると首を振った。

「申し訳ございません。旦那様からの許可がない限りは……私のほうから何もして差し上げることができないんです」

「そんな……じゃあ、せめて黒川さんに私はここにいるって伝えて欲しいの。それからベーカリーカマチの人たちにも……」

「黒川……」

香帆さんの主は父だ。私じゃない。いくら私と付き合いが長くとも、父の言いつけは絶対なのだ。だからそう簡単に私の頼みなんて聞いてくれるはずもない。

「申し訳ございません」

香帆さんの困ったような表情からじわりと諦めの念がこみあげる。苦し気に言葉を切る香帆さんに迷惑はかけられない。思うようにいかない歯がゆさで涙が滲んだ。

「菜穂さん……あの」

香帆さんは近くにほかの人の気配がないか確認すると、しばらく迷ったような顔をしてから小声でボソッと私に囁いた。

「実は……先ほど黒川様という方がお見えになったんです」

「えっ! 黒川さんが? ここへ?」
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