授かったら、エリート弁護士の愛が深まりました
昨夜はいきなり抱きつかれてはずみでコーヒーをベッドにこぼしてしまった。『どうせこれから汚れるから』と言って情事に及んでしまったけれど、シミになってしまうのが心配で夜中に洗濯を回したのだった。

「じゃあ、また夜な」

「いってらっしゃい」

黒川さんはいつものようにあんパンとカフェオレを買って店を後にした。

滅多にないけれど、黒川さんのほうが早く仕事が終われば店に迎えに来てくれる。空き巣事件以来、彼は少し神経質になっているようでとにかく仕事が終わったらマンションまで一緒に帰ることになっていた。

「聖子も産休に入ったことだし、菜穂ちゃんのこと頼りにしてるわ」

出産のために休みに入った聖子の代わりに看板娘の命を受け、気持ちも引き締まる。

「はい! 任せてください。じゃあ、混んでくる前に厨房で清隆さんのお手伝い行ってきますね」

「ありがとう。厨房まで手伝ってもらっちゃって、ほんと助かるわ」

オーナーである清隆さんと光弘さんが主にパン作りを担当しているけれど、聖子が抜けてからときどき手が足りなくてパンの焼き上がりが遅れてしまうことがあった。私はパン作りも好きだし、やり方さえ教えてもらえれば自分にもなにかできるんじゃないか、と聖子の代わりに厨房での仕事も買って出たのだ。

パンの生地をこねていると、祖母とのことを思い出す。『女の子なんだから、このくらいはできなきゃね』と料理もそうだけど裁縫なども全部教えてもらった。

自分にはなにもないから会社を解雇されたんだ。と、そう落ち込んでいたけれど、ベーカリーカマチで働きだしてからというもの、人の役に立てているという実感と喜びがようやく湧いてきた。
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