妖しな嫁入り
「やっぱり……」

 元々明るい性格ではないため途端に後ろ向きな想像ばかり浮かぶ。

「待て違う! とにかく少し待ってくれ。いいか、ここを動くな!」

「ここ? そこまで言うなら、わかった、けど……」

 そこまで念を押さなくても大人しくしている。
 よほど大事なことでもあるのか、朧は命じるのではなく自ら屋敷の中へと向かった。
 私はといえば、ここ以外に行きたい場所があるわけもないので立ち尽くす。ちなみに主人の意向をうけた妖たちによって完全包囲されている。円を描くように取り囲まれ隙が無い。なにもそこまでしなくても……

 よほど急いでくれたのか、朧はすぐに戻ってきた。

「待たせたな」

 声を合図に通路が開けた。朧は迷わず私の前へと進み何かを差し出す。

「これは?」

 赤い花だ。屋敷の庭にも咲いていなかった、見たことのない種類。でも……どこか見覚えがある。

「椿の花だ」

 私と同じ名前の、朧の好きな花。
 真っ赤な色は簪の細工よりも深く鮮やかで見惚れてしまう。でも差し出されたということは受け取れという意味? そう解釈して花に触れようとすれば唐突に距離を詰められた。

「あまりその手に無理はさせられない」

 今更のような気もする。そういえば、牢から出る時も朧の触れ方は優しかった。同じように優しく私の乱れた髪を梳き、簪のように花をあてる。

「見せてやると、約束しただろう」

 最初の頃、確かにそんな話をしたけれど。あれに約束と呼べるほどの効力があるとは思わなかった。一方的な発言を今日まで大切に憶えていてくれた。そして守ってくれた。また胸が熱くなる。

「実家に咲いていてな、間に合って良かった。誓いの場には本物が相応しいだろう?」

 花を飾り終えた朧は満足そうに離れていく。
 後を追うように、私は花へと手を伸ばす。

「小さい……」

 触れた感想は『簡単に握りつぶせそう』だった。儚くて脆い存在。芽を出し蕾を付け花を咲かせ――

「すぐに枯れてしまう」

「では君が飽きるほど贈るとしよう」

 ああもう! だから私は駄目。

「違う! そうじゃなくて……」

「他に望むものでも?」

 こんな言い方しか出来ないなんて、まだまだ勉強することは多い。きっと野菊なら上手くあしらった。……今度教えてもらおう。
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