妖しな嫁入り
「何もいらない。何もいらないから、この花が枯れる日が来ても私はそばにいると、伝えたかった」

「椿?」

「私は椿の花じゃない。美しさでお前を楽しませることは出来ないけど、花はすぐに枯れてしまう。でも私なら永久にお前のそばにいられる」

「いてくれるのか?」

 脳裏に浮かぶのは地下牢での場面――
 悲しみでも痛みでもなく、溢れるほどの幸福によって涙を流す。そんな経験初めてだった。嬉しくても涙が出ると初めて知った。

「愛していると言ってくれた。とても嬉しくて、朧と生きられたら幸せだと、そんな夢を見た。……夢でなければいいと思った」

「……そうか」

 朧は笑うけれど、心のままに告げただけなのに笑われるのは心外だ。

「私、何かおかしなことを言った?」

「いいや。想像以上に君の言葉が嬉しかっただけさ」

「なっ――」

「ああそうだ。君は枯れない。永久に俺の隣で咲き続けてくれ! 俺の大切な、椿」

「あ、お、朧……」

 体中が熱く、胸がうるさい。上手く言葉を紡ぐことができない。想像以上の破壊力、それはきっとこういうことなんだと思う。以前朧が教えてくれた感情を身をもって学んだ。そしておそらく私の方が深い傷を負っている。
 困惑している私の耳元で藤代が囁く。

「いいですか椿様。ああいうのを気障というのです」

 すかさず耳打ちしてくれる藤代はさすが有能だ。勉強になる。

「憶えた」

 つい講義の要領で頷けば藤代との間に距離が生まれる。朧によって引き離されていた。

「変なことを吹き込むな! 野菊、こいつをどこかへ連れていけ。至急だ」

 朧の背の向こうにいた野菊は弾かれたように主を見遣る。わざわざ『野菊』と名を呼んだ朧。それは彼女の存在を赦し認めてくれたということだ。

「はい、責任をもって!」

「なっ、ま、待ちなさい野菊!」

 強引に腕を掴み引きずる野菊と、踏み止まろうとする藤代のやり取りは見ていて微笑ましいものがある。そうしてあわや撤収させられそうな藤代が叫んだ。

「椿様! わたくしは本来このようなことを申し上げられる立場ではございませんが、朧様のそばにいて下さる女性はあなたが好ましいと、望んでおりました」

 野菊は賛同するように歩みを止め頷いた。

「藤代、ありがとう。これからは皆にそう思ってもらえるように頑張る。だから、もっとたくさん教えてほしい。もちろん野菊も」
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