妖しな嫁入り
「身に余る光栄にございます。一時は人間相手に何をと正気を疑っておりましたが、朧様の眼に狂いはなかった」

「酷い言い草だな」

「それだけのことをしていたのですから当然でしょう。毎日が決闘のような有様と記憶しておりますが」

「それはっ!」

 ――て、過去の話を蒸し返されて羞恥が募るのは私だけ!?
 だってね、朧は余裕たっぷりに構えて言うの。

「なおさら相応しいだろ? こうも勇ましい女そうはいまい。緋月にも喧嘩を売れるような奴だぞ」

 緋月……
 その名が浮足立つ心を現実へと引き戻す。

「朧、私はお前と共にありたい。でも、私のせいで家族にいさかいが生まれるのは……悲しい」

 たとえ朧や屋敷の妖が認めてくれても、彼女にとって私は殺したいほど邪魔な存在。かといって朧を諦められるのかと聞かれれば無理な話で矛盾していた。
 朧には私のような運命を辿ってほしくない。最後まで家族とわかりあえなかった私のように悲しみを抱えてほしくない。朧が彼の母をどう思っているのか訊いたことはないけれど、家族というのはどんな形であろうと特別なものだから。

「それがな、実のところさして険悪でもない」

「え?」

「俺としては重傷を負うことも覚悟して出向いたのだが」

 そこまで危険な邂逅だったの!? 初耳だ。

「どうして言って――」

 無駄だからに決まってる。あの時の私にはどうすることも出来なかった。行かないでと追いすがることも、共に行くと言えるだけの覚悟もなかった。こんな形になって、初めて自分の気持ちと向き合えたのだから。

「君に会いたいそうだ」

「はっ!?」

「あの気分屋め、嫁が見つかったのなら今度は早く隠居させろとうるさくてかなわん。いわく、『この程度も切り抜けられない者に嫁は務まらん』だそうだ」

「妖の世界、物騒」

 この程度……つまりどの程度? そんなに物騒なことが頻発するの!?
 私は試されていた? 弱い者には務まらないというのなら、彼女なりに子を、その一族を案じていたのかもしれない。とはいえ妖世界の感性に馴染むにはまだまだ時間がかかりそうだと実感させられた。

「いい加減、帰って来いと言われたよ。無論、君を連れてな」

「私、いいの? 朧といて」

「そうでなければ困る」
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