妖しな嫁入り
 私とは違うくせに。

「そうだな。藤代に両親、屋敷の人間もいる」

「自慢?」

 低い声を出せば、朧は「まさか」と苦笑していた。

「だが、すまなかった。君の境遇を推し量るべきだった」

 またも素直に謝罪されては毒気を抜かれる。
 朧は「だが」と表情を曇らせ顔を背けた。ややあって面を上げた朧の瞳が私を捕らえる。

「たとえ多くの者に囲まれていようと……。俺を朧と、打算や主従の域に納まらずに呼ぶのは君だけだ」

 たくさんの妖に囲まれていても一人だと、そう言っているように聞こえる。けれど他人の温かさを知らない私には単純に贅沢な悩みだとしか思えない。

「贅沢な悩み」

 朧が何を考えていようとこの言葉に尽きる。羨ましいとまでは言ってやらない。

「君にとってはそうだろうな」

 朧は私に無いものとたくさん持っている。だから私は目の前の妖を羨んでいる。認めたくないと抗うのに、結論は呆気なく出てしまった。

「ところでだ。俺は『君だけは特別だ』と口説いたつもりなのだが、全く伝わっていないようだな。なかなかに手ごわいと言うべきか、それとも鈍いと言うべきか。いや、俺が精進すればいいだけのこと。次は善処しよう」

「しなくていいし、次もない」

 真面目な話をしていたはずなのにこの男は……
 誰か一言多いと、後半部分はいらないと言ってやってほしい。脱力した私にはそんな気力が残っていない。
 本当に、私たちは何の話をしていたのかしら?

 初めて朧の名を呼んだ小さな進展は、ああだこうだと言い合う会話の中に消えていた。
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