妖しな嫁入り
 でも、外へ連れだしてくれたことは……

 胸に芽生えた想いがあった。それを告げるための言葉も知っている。けれどそれを口にすることは赦されるのだろうか。

「どこへ向かっているの?」

 傘を持つ朧の足取りは目的地がないというわけではない。探りを入れてみる。

「近くで市が開かれている。この雨では人も少ない、ゆっくり見て回るには最適だろう」

「市? 妖が市を見て回るの?」

「なかなか楽しいものだぞ」

 何度も訊き返すが、どうやら聞き間違いではないらしい。

「まるで人間みたいなことをするのね」

「だとしたら君はもっと驚くことになるだろう」

 朧の意図することがわからず首を傾げた。けれどこの場で明かすつもりはないのか、それきりはぐらかされてしまった。

 妖屋敷は人里から離れた場所に建つようで、道なりに進むもしばらく人に遭遇することはなかった。すっかり屋敷が見えなくなった頃、徐々に人の声が増え始める。
 朧が案内する町は、どう見ても人の住む町。けれど朧の足取りは自然に溶け込んでいる。ここで異質なのは、むしろ人慣れしていない自分の方だと思い知らされた。

「そんなに緊張しなくとも、ばれやしない」

「緊張?」

 驚いたように繰り返せば、朧は目を丸くしていた。次いで影のことだと囁かれる。

「ずっと、体が強張っているが」

 そして私も気付く。同じ傘の下、密着していては緊張も筒抜けなのだと。
 そう、私は緊張していた。決まっている、当たり前のように朧が隣にいるのだ。それこそ影云々の問題など忘れるくらい、緊張しないわけがない。宿敵に寄り添っているのだから。

「そうね、良い天気だもの……」

「君が上の空なのは理解した」

 素直に認めるのが癪で、話を逸らそうと試みたが自らの言葉選びのせいで失敗に終わった。

 ……わかった、認める。
 私は浮かれている。調査なんて言い訳にすぎないくらい。
 緊張? 宿敵が隣にいるからなんてでっち上げもいいところ。本当は外に出られることに喜びを感じている。明るい外の世界を純粋に楽しみたいと望んでしまった。恥ずかしくて、それを知られたくないだけ。

「……本当にどうして、どうして連れてきたの?」
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