妖しな嫁入り
「そういうことだ。今更だが、しばし我慢してはくれないか?」

 すぐに私は頷いた。

「今日は部屋から出ない。うっかり顔を合わせて何かあっても困る。約束を違えるつもりはないから、安心していればいい」

 うっかり妖を見て斬りたくなったなんて笑えない。
 ここの妖たちは私に危害を加えようとしない。現在も約束を守っているのは朧も同じだ。ならば人間である私が先に約束を破るような真似をしたくない。人間は理性的で誠実な生き物。妖とは違う、妖に負けたくはないと思う。
 ふと、朧を睨んでいたはずの藤代が私へと向き直っている。

「椿様、申し訳ございません。わたくしも支度がありまして、本日は講義に付き合えず……」

 同じ妖とは思えないほどの豹変ぶり、それくらいしおらしい態度を向けられている。本当に申し訳なく思ってくれているらしい。だから私は努めて気にしていない素振りで返答をする。本音を言えば、少し残念ではあるけれど。

「一人でも出来ることはたくさんある。お前が、そう教えてくれた。だから気にすることはない」

「それがいい。部屋で大人しくしていてくれ」

「お前も、妖が人間を住まわせているなんて知られたくないものね」

 ここで朧が同意したということは、そういう理由なのだろう。けれど朧の顔には疑問符が浮かんでいる。他に何があるというのか。

「俺としては君を自慢して回りたいが、君の方が慣れていないだろう?」

 それはどういう意味だろう。大勢の前に出ることが? 私の礼義がなっていないから、(ひと)前に出すのが恥ずかしいという意味だろうか。

「……私、見くびられてる?」
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