妖しな嫁入り
「違う。心配なんだ。妖どもの中に君を放りこみたくない」

「それは私も遠慮したい」

「だろう? 君に懸想する者が現れでもしてはたまらない」

「けそう?」

「恋敵が出来るのは避けたいということだ」

「……結局意味がわからない」

 互いの認識に誤りがあることはわかるが、結局どういう意味なのだろう。藤代に訊こうと思うが彼も忙しい身、姿を消していた。野菊に至っても同じことでだった。この日のために臨時で雇った妖もいるが、急なことで慣れておらず彼らは監督役に忙しいそうだ。
 わざわざ追いかけるほどのことでもなく、食事を終えると大人しく自室への道を辿る。自分から妖にかかわりに行くなんてもっての他だ。


 独りで過ごすのは得意、そのはずだった。ずっとそうしてきたし、これからだってそう。なのに、どうしてこんなに静かに感じるの?

 きっと事あるごとに理由をつけては朧が現れるから。奇襲をしかけてはかわされ、逃げられ、口論をして。藤代が講義と稽古をつけてくれて、野菊が世話を焼いてくれて、それが私の日常と呼べるようになってしまったから。

「でも今日は、やけに静か……」

 遠くからは慌ただしい気配。開け放した戸から幽かに聞こえる足音、妖(ひと)の声。けれど私の周りだけ、この部屋だけは静か。この呟きにだって答える妖(ひと)はいない。慣れたはずの静寂が別物のように感じられた。

 どれくらい時間が経ったのか、庭はすっかり暗くなっている。

「椿様、失礼致します」

 部屋の外から声がかかる。知らない声だ。

「誰?」

「朧様がお呼びです」

「朧が?」

 呼び出しにいぶかしむ。私を呼びだすなんて初めてのことだ。いつも呼んでもいないのに自分からやってくるのに。
 用件を問いただせば、外からは困ったような雰囲気を感じる。

「私では内容までは……。大事な話があるそうですが、どうしても席を離れられないと申されまして、怖れながら私がお声をかけに参った次第です」

「そう……」

 確かに主催者は忙しいのだろうと納得して、私は部屋から顔を出す。そこにいたのは黒い着物に身を包んだ、おそらく妖ということしかわからない女。

「わかった。案内してほしい」

 朧に会うならこれが必要と刀を手に部屋を後にする。

「はい、こちらにございます」
< 55 / 106 >

この作品をシェア

pagetop