妖しな嫁入り
 私の力は影、影のない女には似合いの力。同じ影なら、この距離くらい超えられるのではないかと想像してしまう。きっと影に沈むことも出来る。そう信じて、自分の影に触れた。
 触れたはずが、手は影に沈んでいた。再び闇に包まれたがあの時とは違って息苦しくはない。むしろ安心するようなものだ。

 光に手を伸ばし、目を開けると庭に立ち尽くしていた。小さくて、広いのに狭い。孤独だった私の世界を――外から眺めている。
 どうやら成功したらしい。自分の意思で踏み出した。もう後戻りはできない。たとえ血を分けた人たちから見放されても後悔しないと決めた。

 たまには私から会いに行ってもいい?

 たまにはどころか、よくよく思い返さなくても初めてなのだが、あえて言い直すことはしないでおく。
 地下へと続く扉、そこに見張りはいない。逃げ出すとは考えていないのか、妖のそばには近寄りたくないのか、どちらにしても好都合だ。
 扉には私を部屋に封じていたものと同じ札が貼られている。より強い力を得たこの身体で触れたら、痛いでは済まないかもしれない。
 それなのに、悩む間もなく破り捨てた。焦げ付くような匂いが鼻を霞める。熱い掌なんて気にしている暇はない。夢中で階段を駆け下りた。

 朧……お願い、無事でいて!

 窓はおろか灯りなんてものは存在しない。引き返せない闇の中へ迷い込んでいるように感じる。何度も何度も怖ろしいと感じてきた階段、けれど不思議なことに今日は道が見えている。これも妖の力? それとも私が自分の意思で来たから?

 階段を下りた先には空間が、その先には鉄格子がはめられている。造りは昔と変わっていなかった。けれど私は外にいる。牢に繋がれているのは私の大切な(ひと)――

「朧!」

 朧が倒れている。その事実が一瞬にして私から冷静さを奪った。
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