二度目の結婚は、溺愛から始まる
「柾が結婚して住んでくれるものと思っていたんだが、そんな気配はまったくない。椿と雪柳くんに住む気がなければ、売り払ってどこかに移住でもしようかと考えている」
「売るって、そんな……」
「終活というやつだよ。息子は頼りにならんし、菫さんや椿たちにもできるかぎり、迷惑は掛けたくないからな」
「迷惑だなんてっ! 柾の結婚については何とも言えないけれど、お祖父さまが寂しいなら、わたしが一緒に住むわ」
「お断りだ。椿だけでは、頼りにならん。雪柳くんも一緒でなければダメだ」
「そんな……わたしだって……」
いままで、さんざん心配と迷惑をかけた身で、「頼りにして」とは言い難い。
「椿は、わしのことより、自分のことをまず考えなさい。昔から、思いついたことを行動に移す勇気はあっても、肝心なところで最後の一歩が踏み出せない。相手のことを思うあまり、自分の気持ちを見失っては元も子もないぞ」
「…………」
祖父のお説教は、いつだって的を射ているから、耳が痛い。
返す言葉もなく項垂れると語気を弱めて付け足した。
「それに……わしがしたことは、お節介だったと後悔させんでくれ」
「……お節介?」
どういうことかわからずに首を傾げる。
「七年前、責任を感じて『KOKONOE』を去ろうとした雪柳くんを無理やり引き止めたんだよ。去らせては、椿との繋がりが完全に消えてしまうと思ってな。彼にとっては、残る方が辛かっただろうに、年寄りの我儘に付き合ってくれた。体調を崩したと聞いた時には、さすがに申し訳なかったと思ったが……文句も言わずに貢献してくれている。義理堅い男だ」
「蓮は……優しすぎるのよ」
ずずっとほうじ茶を啜った祖父は、「確かに」と呟いた。
「優しいから、別れた女のことを放っておけなかったんだろう。しかし……責められるべきは、雪柳くんではない。ロクデナシの息子だ」
「お父さまは、相変わらずなの?」
「大きな問題は起こしていないし、現地妻もいないようだが……人間の本性は、そうそう変わるものではないからな。ただ……わしが、後添えをもらっていたら、もう少し思いやりのある男に育ったのかもしれん」
背を丸くして溜息を吐く祖父が、さらにひと回り小さくなったように見えた。
祖母が若くして亡くなったため、祖父は男手一つで父を育てた。
会社の経営に忙しく、ほとんど父親らしいことをしてやれなかった自責の念もあるのだろう。
「そんなことないわ。それだけ、お祖母さまのこと愛していたってことでしょう? お父さまだって、それはわかっていると思う。お父さまが、女性とのお付き合いや結婚に対して不誠実なのは、本人の問題よ」
「そう思いたいが、菫さんのことや彼女のことを思うと、どうにもやりきれん」
冷静に受け止められる自信がなくて、蓮との間で彼女の話題は避けてきた。
けれど、彼女――橘 百合香がどうしているのか、ずっと気になっていた。
彼女とその子どもに「九重」との縁を断ち切らせなかった者として、その後のことを知らずにいるのは、無責任だ。
蓮が話すことは冷静に受け止められなくとも、祖父が話すことなら、冷静に受け止められる気がした。