二度目の結婚は、溺愛から始まる

そんなわたしの弱さを祖父は見抜いていた。


「椿。雪柳くんは、彼女が別れを切り出した時、あっさり引き下がったそうだ。だが、椿から離婚を求められた時は、簡単には引き下がらなかった。彼が離婚届にサインしたのは、あくまでも柾と菫さんから、『このままでは椿が壊れる』と言われたからだ。そうでなければ、絶対に離婚には同意しなかっただろう。彼女に対する気持ちと椿に対する気持ちのちがいは、あきらかだと思わんか?」


あの頃だって、蓮の愛情を疑っていたわけではない。

ただ、同情であれ友情であれ、気持ちの比重がわたしより彼女に傾いていたのが、不安だったのだ。いつかその気持ちが「愛情」に変わるかもしれないと恐れていた。

変わる瞬間を見たくなくて、目を背け、逃げ出した。


(何よりも、誰よりも優先してほしいと思うなんて、子どもっぽいとわかっている。わかっているけれど……)


いまだって、蓮にとって、自分が優先順位の一番目に位置しているとは、思えない。

いくら優しく情熱的なことを囁かれても、大事だと言葉を重ねられても、心のどこかで信じ切れないのだ。

年齢を重ね、バリスタとしての経験を積み、いろんな経験をした「大人」のはずが、蓮を前にするとそんな自信もあっけなく萎んでしまう。


(一体どうすれば、自信が持てるの?)


黙り込むわたしに、祖父はそれ以上の追及を諦めて、話を切り上げた。


「まあいい。雪柳くんが言ったように、時間が必要なのだろう。少しずつ、片付けていくしかない。椿が置いて行った荷物は、昔の部屋にそのままにしてある。もし、必要のないものがあれば、それとわかるようにして廊下へ出しておけば、処分するよう頼んでおく」

「ありがとう、お祖父さま……将棋は、部屋を片付けてからでもいい?」

「もちろんだ。その間に、わしは今夜のメニューを考えておくよ。何か食べたいものは?」

「特には……あ! 蓮は、お刺身が好きよ」


たまに家で飲むとき、蓮は自分で酒の肴を用意していたが、たいてい刺身だった記憶がある。


「そうか。初鰹(はつがつお)に……(あじ)もいいかもしれんな」

「好き嫌いはないから、お祖父さまの好きなものを用意すればいいと思うわ」

「そうさせてもらおう」


張り切ってメニュー作成に取り組む祖父を残し、元・自分の部屋へ向かう。

何年も使われることのなかった部屋は、きちんと風通しをされていたのか、埃っぽさも湿っぽさも感じなかった。

ただし、ひと目見た瞬間「子どもっぽい」と感じた。


(改めて見ると……小学生時代のままね)


中学高校時代は、寄宿制の私立学校に通っていたし、大学時代は友人とマンションで暮らしていた。
そのため、小学校を卒業して以来、部屋の模様替えはしていない。

リハビリに励み、心と体を癒すことしか考えられなかった時には気づかなかったが、白を基調とした家具、パステルカラーのカーテン、小花の散った壁紙と何もかもが子どもっぽい。


(一新したいところだけれど……まずは必要なものを探さなくちゃ……)


すべてを新しく作り変えたい欲求を抑え込み、目的のもの――スケッチブックや木炭、色鉛筆などの画材一式を机の引き出しから取り出す。

一旦机の上に置き、今度はクローゼットの中を覗いた。


(ここも、時が止まってるわね)


流行おくれの洋服類はまとめて床に積み上げ、本やDVD、CDも棚から取り出した。
手に取って、一つ一つじっくり見ていては、片付けが進まない。
即決即断で「いる」ものと「いらない」ものを選り分ける。

結局、取っておきたいものとして残ったのは、思い出を象徴するもの――卒業証書やアルバムだけだった。


「うーん……とても一日じゃ終わらないわね……」


床に積み上げられた不用品の数々を見下ろして、唸る。

足の踏み場もないとは、まさにこのことだ。
片付け始めたのはいいが、寄附するにしても処分するにしても、袋や段ボールが必要だし、今日中に作業を終わらせるのは諦めて、祖父の部屋へ戻ることにした。


< 108 / 334 >

この作品をシェア

pagetop