二度目の結婚は、溺愛から始まる
「バカなことを言うんじゃない!」
即座に否定した祖父の顔は、ほんのり赤い。
「照れることないじゃない。いい人そうだし……再婚しないの?」
いまの時代、老後の再婚もタブーではない。
「やめんか、椿。志摩子さんは、まだ若い。こんなおいぼれと結婚したいとは、思わんだろう」
「若くなかったら、再婚したいのね」
「いい加減にしないかっ!」
(お祖父さまが、わたしと蓮のことをあれこれ言い出したら、志摩子さんのことを言えばいいんだわ。そうすれば、きっと黙っていてくれる)
内心ほくそ笑みながら、口先だけで謝った。
「ごめんなさい」
「……勝負するぞ」
「はーい」
さっそく将棋盤を挟んで向き合う。
パチリ、パチリと駒を打つ小気味いい音が響く。
しばらくして、祖父が口を開いた。
「椿」
「なあに? お祖父さま」
「その……柾や菫さんには……」
「言わないでおいてほしいの?」
「……うむ」
「反対はしないと思うわよ」
「そういう問題ではない」
「色ボケだと思われたくないの?」
「そういうことではないっ!」
「じゃあ、何なの?」
「……いい歳して、みっともないだろうが」
「みっともない? そんなことないわ。いくつになっても、恋ができるってすばらしいことだと思うわ」
「どうこうしたいわけじゃあ、ないんだ。ただ、何気ない毎日を一緒に過ごせたら、それだけで十分だ。毎日を共に過ごしたいと思える相手に巡り合うのも、共に過ごせるチャンスを手にするのも、奇跡のようなものだ。だから……」
祖父は、あと一手で「詰み」になる状態まで駒を進めると顔を上げ、わたしを見据えた。
「どちらか一方だけが幸せになるのではなく、お互いが幸せになれる道を選びなさい。椿」
問い返さずとも、蓮とのことを言われているのだとわかった。
「幸せになれる道って……どこにそんなものがあるの?」
「二人で探さなければ、見つけられない」
「でも、諦めが肝心って言うわ」
潔く諦めることだって必要ではないのかと言うわたしに、祖父は顔をしかめる。
「結婚も、将棋と一緒だ。幾通りもの手があれど、何が最適なのかは状況に依るだろう。一度、マズイ手を打っても、詰んでいなければ次の手を打てる。最後の最後まで諦めなければ、勝算を見い出せる。というわけで……」
言葉を切り、にやりと笑った祖父が次の一手を指した。
「王手だ」