二度目の結婚は、溺愛から始まる
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祖父と三回勝負して、三回とも敗北を喫したわたしは、勝ち目のない四回目の勝負に挑むより、買い物から帰って来た志摩子さんと並んでキッチンに立つほうを選んだ。
和食が得意な志摩子さんに、熟練の包丁さばきやお造りを美しく見せるちょっとしたコツなどを教えてもらっていたところ、ひとりで詰め将棋をしていた祖父が声を上げた。
「椿、雪柳くんがもう少しで着くそうだ。思ったより早く切り上げられたようだな」
「え? もう?」
「お料理は、あらかた準備ができていますから、大丈夫ですよ」
急いで囲炉裏端にお刺身などを並べていると来客を告げるチャイムが聞こえた。
「はーい、お待ちしていました」
志摩子さんがインターフォンで応答している間に、エプロンを外す。
「挨拶はいいから、客間へ先に通して着替えてもらいなさい」
(着替えるって……?)
祖父の指示に首を傾げつつ、玄関へ向かい、扉を開けるとスーツ姿の蓮がいた。
なんと言って出迎えればいいのか、一瞬迷う。
「こ、こんばんは?」
蓮は、くすりと笑って応じる。
「こんばんは。お邪魔してもいいかな?」
「どうぞ」
「いい匂いがする」
「志摩子さんが、いろいろ作ってくれたの」
「志摩子さん?」
「通いのお手伝いさんよ。十五年もお祖父さまのお世話をしてくれているの。先に、客間へ案内するわね。荷物とか、ジャケットを置いておけば……」
何となく落ち着かない気持ちで蓮を客間へ案内したわたしは、部屋の真ん中にでんと居座る二組の布団に目を見開いた。
(な、何なの……)
ぴったりと隙間なく並べられた布団の傍には、ムードたっぷりの行灯がある。
「こ、これはっっ! あのっ! 泊まりの準備なんか、していないわよねっ!? もちろん今夜は帰る予定で……」
泊まること前提、しかもどう考えてもわたしたちが同じ部屋で寝ることを前提とした光景に、慌てふためく。
しかし、蓮に動じる様子はまったくない。
「会長から、泊まりの用意をしてくるように言われていたから、下着とYシャツだけは持って来た」
「え」
「寝間着のたぐいは用意しておくと言われたんだが……まずは、着替えろということか?」
衣桁には、藍染の紬と思われる着物が掛かっていた。
「……そうみたいね」
「自分で着たことはないんだが……」
(お祖父さまには、日本酒は和装で呑むべしというこだわりがあったのを忘れていたわ……)
戸惑う蓮に、着なくていいとは言えなかった。
「わたしが着付けるわ」
「椿が?」
驚愕の表情をする蓮に、いささかむっとしてしまう。
「こう見えても一応お嬢様なのよ、わたし。ひと通りの習い事はしたの」
「ああ、そうだったな。つい、忘れそうになる」
「ごめんなさいね? お嬢さまらしくなくて!」
嫌味っぽく謝ると満面の笑みが返って来た。
「謝ることはない。そこが気に入ってる」
白い歯がちらりと覗く爽やかな笑みに、不覚にもときめいてしまい、それを感づかれたくなくて俯きがちに呟く。
「それは……どうも」