二度目の結婚は、溺愛から始まる


(笑顔ひとつで丸め込まれているようで……悔しい。でも、言い合いしている場合じゃないわ)


あまり待たせると、あの二人が何を邪推するかわかったものではない。

グイっと蓮のネクタイを引っ張り、ネクタイピンを外して解く。
蓮が脱いだジャケットをハンガーに掛け、カフスを受け取り、ネクタイピンと一緒にポケットへしまう。

ワイシャツのボタンを外し、ひざまずいてスラックスのベルトに手をかけたところで、蓮が小刻みに震えていることに気がついた。

見上げた先には、にやけた蓮の顔がある。


「どうしたの?」

「着付けに、脱がせる行為も含まれているとは知らなかった。しかも、そんな際どい格好で」


言われてみれば、ちょうどそういう行為のために脱がせているように見える。


(いやーっ!)


慌てて離れた反動で、尻餅をつく。
そんなわたしの姿に、蓮は声を上げて笑い出した。


「わ、笑うことないじゃない! 最初から、止めてくれればいいのにっ……」

「まさか! 夢のような展開なのに、止めるわけがないだろう?」

「ゆ、夢のようなっ!? どう、どういう意味………」

「椿がもう少し大人になったら、教えてやる」

「わたしはもう十分大人よっ!」

「ああ、そうだったな。椿の反応が初々しくて、つい忘れてしまう」

「…………」


恥ずかしさときまり悪さで泣きそうなわたしをよそに、ひとしきり笑った蓮はこちらに背を向けてYシャツと下着替わりのTシャツ、長襦袢を羽織ってからスラックスを脱ぎ、再び向き直った。


「ここから先は、椿の出番だろう?」

「……そうね」


さきほどの動揺と緊張のために震える手で、何とか長襦袢をぴしっと着付け、着物を着せかける。

柾の寸法で作られたものと思われるが、二人の背格好は似通っているので、着丈も袖丈もちょうどよかった。

なるべく距離を保ちたいけれど、どうあっても近づかずにはいられない。
蓮の匂いや熱にクラクラしながら、なんとか帯を結び終えた。


「完成よ。苦しくはない?」

「大丈夫だが……いったい、帯がどうなっているのか、さっぱりわからない。自分では出来そうもないな」

「女性の帯とはちがって、結び方は単純よ。二、三回も練習すればできるようになるわ」

「そうかもしれないが……椿に着付けてもらうほうが、楽しめる」

「蓮」


腕を組み、にやりと笑う蓮は憎たらしいけれど、すてきだ。


「ところで、椿は着ないのか? 着物」

「動き回れないし、くつろげないもの」

「残念だな。でも、浴衣なら、大げさな支度はいらないだろう?」

「そうだけど……」

「見たい。家で着るだけでもいい」


浴衣を着る季節まで、一緒にいるとは限らない――そんな思いが脳裏を過ったけれど、祖父のためにも楽しい雰囲気を台無しにしたくなかった。


「せっかく着るなら出かけたいわ。花火大会じゃなくても、夕涼みの散歩とか」

「ああ、いいアイデアだ。さっそく、椿に似合う浴衣を買いに行こう」


買わなくていいと言っても無駄だということは、すでに十分学んでいる。敢えて反論はしなかった。


「そうね。とりあえず、もうお祖父さまのところへ行かなくちゃ。きっと、ジリジリして待ってるわ」

「でも、その前に……」


凛々しい蓮の姿をできるだけ直視しないよう、顔を背けて障子を開けようとしたが、伸ばした手を引かれてよろめいた。


「きゃっ」


引き寄せられた先には、広い胸がある。


「まずは……キスが先だろ?」


そんなきまりはないと言おうとした口を塞がれる。

軽いキスで止めなくてはいけないと思うのに、唇を優しく舌でなぞられるともうダメだった。

もしも蓮が着物を着ていなかったら、まちがいなく脱がせていただろう。


「相手が会長でなければ、このまますっぽかすところなんだが……」


蓮は、名残惜しそうにわたしの首筋に噛みつきながら溜息を吐く。


「すっぽかすっ!? そんなことしたら、どうなることか……」


(明日には、婚姻届を提出されるわよ)


祖父なら、サインを偽装するくらいのことは、平気でやりかねない。


「しかたない。お楽しみは、あとに取っておこう」

「お楽しみ……? ダメよ! ここは、祖父の家なのよ?」

「ダメなら、そもそも布団を並べて敷かないだろう?」


確かに、赤い行灯の光は煽情的だし、いま気づいたけれど、布団の上に置かれている女性物と思われる肌襦袢は緋色。しかも……シースルーだ。


(何を用意しているのよ? どこから持ち出してきたのよ? 志摩子さんっ!)


「だ、だとしても、節度というものが……」

「会長は、節度を失うことを期待していると思うが? さらに言えば、ひ孫を見たいと思っている。ちがうか?」


状況から判断して、蓮の言うとおりだった。

わたしは、小さな声で敗北の言葉を呟いた。


「…………ちがわない」


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