二度目の結婚は、溺愛から始まる
パンケーキが焼ける美味しそうな匂いを楽しみながら、ちびちびとカクテルを啜る。
「むこうの暮らしで、バリスタとしての腕も上がっただろうね?」
「腕が上がったかどうかはわかりませんけれど、自分なりのやり方は見つけられたと思います」
「なるほど」
「でも、アルコールの需要がほとんどないお店だったので、そこはまだまだ勉強が必要です」
「バリスタじゃなく、バールマンを目指したいの?」
「バールマンというか……征二さんみたいになりたいんです」
征二さんは、わたしの告白に目を丸くした。
「……椿ちゃんには、いつも驚かされるな。ここに、雪柳さんがいなくてよかったよ」
「どうして、蓮が関係あるんですか?」
「いや、うん、大事なお客さまで恩人だから、誤解されたくないだけだよ」
「誤解?」
「気にしないで。それで……カフェ『TSUBAKI』に戻るの?」
征二さんには、接客の基本はもとより、メニューの選定やスタッフの教育など『TSUBAKI』を立ち上げる際にさんざんアドバイスを貰った。
経営関連の相談役が蓮だとしたら、現場関連の相談役は征二さんだった。
支えてくれた人には、きちんと報告する義務がある。
「……いいえ。実は、共同経営者を辞めることにしたんです」
征二さんは驚いた様子を見せることなく、穏やかに微笑んだ。
「いまの椿ちゃんがやりたいことは、カフェ『TSUBAKI』では叶えられないってことかな?」
「そう、なんだと思います。店に寄った時、違和感を覚えたんです。バリスタとして働き続けているうちに、いつの間にか目指すものが変わっていたんだと思います。ただ、涼や愛華に申し訳なくて。二人には迷惑のかけどおしだったから」
「とことんまでやってみて、初めてわかることもあるさ。あの二人は、椿ちゃんがちがう道を進むと決めても責めたりはしないよ」
「わたしが新しいことを始めるなら、応援するって言ってくれました。わたしも手伝えることがあるなら、何でもしたいと思っています。とは言っても……自分が何をどうしたいのか、はっきりしているわけではないんです」
「ゆっくり考えて決めればいい。出会いやきっかけは、必要な時に、必要な形で用意されているものだから」
「そうですね。でも、あんまりのんびりしていられる身分じゃないんですけれど」
助けを求めれば、祖父や母、義父は力になってくれるとわかっているけれど、安易に甘えたくはない。ジーノと瑠璃のところへ戻るにせよ、日本に残るにせよ、「どうやって食べていくか」は最重要課題だ。
「雪柳さんは、のんびりしてほしいと思っているんじゃないかな? 夢や目標を達成しようと頑張る椿ちゃんを応援していても、本音ではずっと家に閉じ込めておきたいんだと思うよ。自制心が強い人ほど、束縛するのを我慢しているものだからね」
「あの、征二さん、わたしと蓮はそういう関係では……」
まるで、わたしたちがいまでも「夫婦」、もしくは「恋人」であるかのような征二さんの口ぶりに、訂正しなければと焦る。
「昔とは、ちがう関係だとしても、いまの椿ちゃんはいい顔をしているよ」
「そ、んなこと……」
「いろんな経験をして、愛し、愛されることの意味がちゃんと理解できる大人の顔をしている」
「…………」