二度目の結婚は、溺愛から始まる
「はい、どうぞ」
黄金色のパンケーキ、薔薇の花びらのように飾られた生ハム、マスカルポーネ、ケールにクレソン、ベビーリーフ、トマト。
目の前に置かれた彩り豊かなお皿が、歪んで見えた。
「冷めないうちに食べて」
「……いただきます」
滲んだ涙を手で拭い、薄いけれど弾力のあるパンケーキにナイフを入れる。
征二さんは、それ以上わたしに話しかけようとはしなかった。
微かな甘さを感じさせる生地と生ハムの塩気、マスカルポーネの爽やかな風味が絶妙な味わいを生み出している。
『体が満たされれば、心も満たされる。美味しいものを食べれば、元気になれるよ』
ジーノはそう言って、せっせとわたしと瑠璃に美味しい料理を作ってくれた。
彼が作る愛情たっぷりの料理がわたしの心と体を癒してくれたように、征二さんが作ってくれたパンケーキも、わたしの気持ちを優しく宥めてくれる。
黙々と食べ続け、きれいに平らげた時、ちょうど店にいた客が会計を終えて出て行った。
テーブルを片付け、カウンターの向こうへ戻った征二さんは、わたしが飲みたいと思ったちょうどその時、コーヒーを差し出した。
「新しいブレンドだから、試してみて」
すっきりとしていながらも薄くはない。
「食後に飲むのに、ちょうどいいですね」
「食事と一緒に提供するコーヒーがあってもいいかな、と思ってね。ところで……雪柳さんといろいろあったことは聞いているけれど、ヨリを戻したんじゃないの?」
「帰国して、再会して……関係がないわけではないんですけれど……再婚はしていません」
離婚したのに同居しているとは、言い難くて言葉を濁す。
「でも、恋人同士ではあるんだよね?」
「それは……」
「ここ、ついてるよ」
にやりとした征二さんが、指でちょうど耳の下あたりを示した。
「ついている?」
「キスマーク」
「ええっ!?」
鞄から携帯用のミラーを取り出して確認すると、確かにそれとわかる「しるし」があった。
(いつの間に……蓮っ!)
「こ、これはっ……」
征二さんはにっこり笑う。
「今日、雪柳さんが店に寄ってくれたんだけど、久しぶりに明るい表情をしていてね。なんとなく、椿ちゃんのことで何かいいことがあったのかもしれないと思って、ラテアート付きのカフェラテを出してみたんだ。そうしたら……すごく嬉しそうに笑ってくれたんだよ」
常連客の表情ひとつで、ドリンクの味や温度まで気を配る征二さんには、なんでもお見通しだ。下手な言い訳など、するだけ無駄だった。
「椿ちゃんと離婚してから、雪柳さんはずっと元気がなくて、心ここにあらずだったからね。あんなに嬉しそうな顔を見られて、俺も嬉しかった」
蓮には、幸せになってほしいと思っていた。
離婚すれば、きっと幸せになれると思っていた。
でも、帰国してから知らされる、わたしの知らない蓮の様子は想像していたものとまったく違っている。
そのことに、罪悪感と責任を感じずにはいられない。
だからと言って、わたし自身が蓮を幸せにできる自信もない。
「わたし……蓮とどうなりたいのか、自分でもよくわからないんです」
蓮が、再会を喜んでくれているのは、わかっている。
もう一度、関係を築こうとしてくれているのも。
それを嫌だとは思わない。
嬉しいと、思う。
ただ、そうすることが正しいことなのか、わからない。
もう一度蓮と結婚しても、上手くやっていけるのかどうかわからないと思ってしまう。
蓮ではなく、自分が同じことを繰り返してしまうかもしれないと思うと、怖くて踏み出せないのだ。