二度目の結婚は、溺愛から始まる
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お店は、夕方になると会社帰りに軽く食事をするビジネスマンやOLで再び混み、二十時を回る頃には征二さんのカクテル目当てにちょっと立ち寄り、一杯飲んでさっと帰るお客さまと入れ替わる。
アルコールドリンクは、ビールやワイン以外のカクテル類はメニューにない。
オーダーは完全なる「おまかせ」かお客さまの「リクエスト」になる。
『前に飲んで美味しかったから、同じものを』
そう言うお客さまも多いが、征二さんが何を出したか憶えていないなんてことは、ない。
二十時半を少し回ったところで、オリジナルカクテルを飲み干した常連さんを見送って、征二さんは「CLOSED」のサインを出した。
「さてと……せっかくだから、少し練習してみる?」
「はいっ!」
「まずは、定番のジントニックからで」
材料や分量はもとより、カクテルを作る征二さんの動作のひとつひとつを目に焼き付けるように観察していたが、いざやってみると簡単そうに見えたステアですら上手くできない。
「うん、悪くはないけど練習が必要だね」
パフォーマンスの善し悪しは、バーテンダーを評価する重要な要素だ。
シェーカーを振る姿だけでなく、ボトルのキャップを開けるちょっとした動き。バースプーンでのステア、グラスやボトルをどこに置くか、などなど。一瞬でも気を抜けば、お客さまの期待を裏切ってしまう。
「カクテルを出す前から、お客さまを酔わせるのが一流のバーテンダー。だからこそ、バーやラウンジでは、身だしなみも厳しくチェックする」
「……すみません」
今日の自分の姿がプロ意識に欠けている自覚はある。
しょんぼりして謝るわたしに、征二さんは苦笑した。
「いいんだよ。ここはカジュアルで。椿ちゃんがあんまり綺麗な恰好をしていると雪柳さんも気が気じゃないだろうしね?」
「そうでしょうか。蓮は、わたしがもっとおしゃれに気を遣うべきだと思っているみたいですけれど……」
気合を入れておしゃれをしていたのは、蓮と付き合い始める前、気を惹こうと必死だった頃のこと。遠い昔だ。
「それは自分と一緒の時、限定の話。男は、ほかの誰かのために着飾った姿なんか、見たくないものなんだ。雪柳さんみたいなタイプは、特にね」
(ひ、否定できない……)
蓮が、どこにも行けないようにわたしを閉じ込めておきたいと発言したことを思い出し、にやにやしながらこちらを見る征二さんから目を逸らす。
「昔から、椿ちゃんは自己評価が低すぎると思っていたけれど……何か、原因があるの? たとえば、男の子にいじめられたとか? ひどい男に引っかかったとか?」
「え……いえ、特にそういうトラウマはないんですけれど……」
小学生時代は、活発だったので、女の子よりも男の子と遊ぶほうが多かったし、中高は女子校でそもそも男子との接点がなかった。
大学時代は……蓮を除き、友情以上を感じる相手には巡り合わなかった。
だから、自己評価が低い原因をどこかに求めるとしたら、それは「兄」しかない。
「兄、のせいかも?」
「お兄さん?」
「はい。口が悪くて、俺様なんです。小さい頃から『おまえは俺がいないと何もできない』と貶されて……」
「ははぁ……いわゆる隠れシスコンか」
征二さんは、それで謎が解けたとばかりに頷いた。