二度目の結婚は、溺愛から始まる


「は? シスコン?」


兄とは無縁と思われる言葉に驚く。


「何だかんだ言いながら、面倒見てくれてたんじゃない?」

「それはそうですけれど……」


わたしが小学校に入学した時、兄は六年生。
一年生の頃は、当然のごとく登下校は兄と一緒だった。

兄が卒業した後は、祖父が車で送迎させると言ったけれど、友だちのように道草してみたかったわたしはイヤだとダダをこねた。

そこで、中学生になった兄が送迎役に任命され、わたしが小学校を卒業するまでよほどの用事がない限りは、送り迎えをしてくれた。

いま思えば、多感な思春期に小学生の妹の送り迎えをするなんて、あの俺様の兄がよく承知したものだ。

毎朝のように、準備が遅いとか、忘れ物はないのかとか、母よりも口うるさく叱られたけれども、高学年になったわたしに「恥ずかしい」という気持ちが芽生えるまでは、手まで繋いでいた。


「椿ちゃんは、ちゃんとしているんだけれど、どこか抜けているというか……危なっかしいところがあるからね」

「それ……後輩にも言われました」

「なかなか鋭い後輩だね? 大学の時の?」

「はい。前にもお話したと思うんですけれど、その後輩の結婚式を手伝うことになっていて。会場デザインを担当しているんです」

「へえ? 椿ちゃんがデザインするなら、さぞかし素敵な会場になるだろうね。そう言えば……ヘルプを頼もうと思っているヤツ、カフェ『TSUBAKI』の雰囲気が好きだって言ってたから、椿ちゃんがデザインしたと知ったら、驚くだろうね」


(つい最近、同じような話を聞いたんだけど……)

まさか同一人物のはずはないが、不安を拭えず、恐る恐る訊ねる。


「あのう、征二さん……そのバーテンダーの人の名前って……」

「名前? あ、ごめん。言ってなかったね。霧島(きりしま)だよ」

「霧島さん……」


ナンパ男とは別人のようだとほっとしかけた時、「CLOSED」のサインを出したはずのドアが開いた。


「征二さん、遅くなってごめん! 仕事してたら時間を忘れて……」


言い訳を口にしながら入って来たのは、ジーンズにパーカー姿の背の高い男性。
乱れた少し長めの髪と垂れ目がちな目元。無精髭が色気を感じさせる顔立ちには見覚えがある。


「……ナンパ男」


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