二度目の結婚は、溺愛から始まる

(悔しい……悔しい、悔しいっ!)


あふれた涙が頬を流れ落ちるまま、怒りに任せて歩く。

子ども扱いされたくなくて、物わかりのいい大人のフリをしてきた。
大人の女性でなくては、蓮に相応しくないから。

大人の女性なら、仕事で約束をキャンセルされても、文句なんて言わない。
声が聴きたいというだけで、電話したりもしない。

貴重な休みの日に、どこかへ――デートの定番と呼ばれるような場所に、連れて行ってほしいとねだったりもしない。

周りの友人たちが話しているような「お付き合い」は望めないとわかっていた。

蓮は、わたしと会いたくなんかないのだ。
わたしが頑張らなくては、せっかく結んだ「縁」はあっけなく切れてしまう。


でも、これ以上は無理だった。


胸が苦しくて、痛くて、我慢できない。


(もう、負けでいい。こんな苦しい思いをするくらいなら、やめる)


こちらへ向かってくるタクシーを見つけ、手を上げて合図しようとした時、いきなり背後から抱きすくめられた。


「やっ!」


振りほどこうとしたわたしの耳は、よく知っている声を捉えた。


「勝手に帰るな、バカ」

「バカって……蓮が帰れって言ったんじゃないっ!」

「行くぞ」

「ちょ、ちょっと、どこへ行くのよっ!? 放してっ!」


蓮は、わたしを抱えるようにして歩き出し、携帯を取り出して、どこかへ連絡する。


「もしもし、雪柳です。発見して、無事捕獲に成功しましたのでご安心ください。……いえ、自分の見通しが甘かったせいです。申し訳ありません。……はい、大丈夫です。落ち着いたら、送って行きます」

「送ってもらわなくても、ひとりで帰れるんだからっ! 放してっ! 蓮っ!」

「おまえをここで放置したら、あとで会長や柾に絞め殺される」


強引にわたしの手を引いて、蓮が向かった先は、駅前に建つ高層マンション。
エレベーターで運ばれたのは、最上階の部屋だ。


「まず、顔を洗え」


玄関を入るなり、広くモダンな造りのバスルームに追いやられる。

洗面台の鏡に映る化粧が落ちた自分の顔を見て、確かに「ひどい」と思った。
アイメイクは滲み、ファンデーションがまばらに剥げている。

引き出しにストックされていたフェイスタオルを一枚拝借し、鏡裏に置かれていたクレンジングを使わせてもらう。

二本の歯ブラシや女性もののバスローブなんていう、あからさまな痕跡はなかったけれど、そう遠くない昔、「誰か」がこの部屋に出入りしていたのは確かなようだ。

二十七で、高学歴高収入のイケメンなら、黙っていても言い寄られるだろうし、付き合う相手には困らないだろう。

恋人はいなくても、セフレのような割り切った付き合いの相手がいるかもしれない。

止まりかけていた涙が、再びじわりと滲む。


「……ううっ」


タオルに顔を埋め、声を殺して泣いていると控えめなノックの音が聞こえた。


「椿? 具合が悪いのか?」

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