二度目の結婚は、溺愛から始まる
「元夫に何の権利があって、そんなことを言うんだよ?」
「結婚していようがしていまいが、いまも昔も、椿は俺のものだ」
「本人が望んでいないのに?」
「椿は自分が望まないことは、しない。俺と暮らしているのは、椿の意思だ」
「暮らしてる……? 離婚したんじゃないのかよ?」
ナンパ男に咎めるようなまなざしを向けられて、むっとした。
「あなたには、関係ないでしょ」
「おかしいだろ? そんなの。一度ダメになったものは、元には戻らない。残っているのは、愛情じゃなくて未練だ。過去に囚われていても、いいことなんかない。新しく始めるべきだ」
ぶつけられた正論に、返す言葉を必死に探したけれど、何もかも話さずには、どう説明してもわかってもらえないだろう。
黙って無視するしかないと思ったが、征二さんが憤りを滲ませた声で告げた。
「だから新しく始めるんだよ、二人は。おまえは、邪魔だ。ナギ」
「征二さんっ!」
「おまえが椿ちゃんに対して、邪な気持ちを抱いているとわかった以上、ここで働いてもらうわけにはいかない。手伝うと言ってくれた言葉だけ、ありがたく貰っておくよ」
「待ってくれよ、俺はいい加減な気持ちで……」
「事情も知らないくせに、夫婦のことに踏み込むな。ガキはさっさと帰って、いつものようにお手軽な相手と寝てろ」
温厚な征二さんが初めて見せる厳しい言葉と態度に、わたしだけでなく蓮も目を丸くしている。
叱られたナンパ男は、悔しそうな表情を隠そうともしなかったが、三対一では勝ち目がないと悟ったのだろう。
握りしめていた拳を解くと、ジーンズのポケットから取り出した名刺をカウンターの上に置いた。
「椿と関わりたいのは、いい加減な気持ちからじゃない。俺に対する評価は、俺が作ったものを見てからにしてくれ。バーテンダーとしての腕も、俺が作ったカクテルを飲んでから判断してほしい。征二さんだって、俺の素行はともかくとして、バーテンの腕は認めてくれてるんでしょう?」
「……バーテンとしてだけは、認めている」
征二さんは、この上なく苦々しい口調で認めた。
「今夜のところは出直す。CGも見てもらいたいし、明日また来る」
「…………」
沈黙にわたしの拒絶を感じ取ったナンパ男は、溜息を吐いて蓮の横をすり抜けて、ドアに手をかける。
そのまま出て行くかと思われたが、ふと振り返り、情けない表情で笑った。
「信じてもらえないだろうけど、俺はナンパされたことはあっても、自分からしたことはない。椿が初めてだ。……おやすみ」