二度目の結婚は、溺愛から始まる
ドアが閉まり、征二さんが盛大な溜息を吐いた。
「ほんとーに、ごめんね? 椿ちゃん。まさかアイツと知り合いだったとは……。雪柳さんも、すみませんでした」
「あの、征二さんのせいじゃないですし、本当に偶然だし……」
「……霧島 梛か。自信があって当然だな。『KOKONOE』でもCMを依頼したことがある。コンペでは断トツの出来栄えで、柾がその場で契約を即決したと聞いた。広告業界では有名だ」
カウンターに置かれた名刺を手にした蓮の言葉で、ナンパ男の正体を知り、あっけに取られる。
(緑川くんが有名だって言っていたけれど、そんなにすごい人だったの?)
「ナギは、最初から有名だったわけじゃない。学校を卒業して入った会社が合わなくて、フリーになったものの仕事の依頼なんてない。バーテンをしながら、コンペにいくつも応募して、小さな契約からコツコツ積み上げて……何年もキツイ思いをしていた。いま成功しているのは、まちがいなくアイツ自身の努力の賜物だよ」
「そんなに苦労していたようには、見えないですね……」
「そうだね。アイツは弱みを見せたがらないから。人とも距離を取って付き合うし、滅多なことでは踏み込まない。だから、まあ……椿ちゃんへの態度は、ちょっと意外ではあるね」
「だからと言って、椿に言い寄っていいことにはならない」
蓮の言葉に、征二さんはその通りだと何度も頷く。
「俺の人選ミスだ。本当に申し訳ない。アイツはああ言ったけれど、俺としては椿ちゃんと一緒に働かせるつもりはないから安心してください。雪柳さん」
「征二さん……」
ナンパ男に対して、いい印象はない。
言い寄られるのは、迷惑だ。
でも、彼は征二さんがバーテンダーとして認めている人物。
いまのわたしでは、征二さんの代わりは務まらない。
「あの……」
もし、むこうがわたしを単なるスタッフとして扱うのなら、一緒に働いてもいいのではないか。
そう思って口を開こうとしたが、押し止めるように蓮が腕を掴んだ。
「彼を店で働かせるべきかどうか、自分に口を出す権利はありません。風見さんと椿の判断にお任せします。ただし……もしも、椿を傷つけるような真似をしたら、それ相応の報いを受けることになると伝えてください」
蓮の発言は、わたしとナンパ男が一緒に働くのを認めるようなものだ。
てっきり強硬に反対するとばかり思っていた。
「蓮……」
「雪柳さん、それは……」
「風見さんのお目にかなうバーテンダーなら、椿にとって彼と働くことは、いい経験になるはずです。営業を離れて久しいですが、いまでも、自分が関わった店には長く営業し続けてほしいと思っています」
「……ありがとうございます」
深々と頭を下げる征二さんに対し、蓮も深々と頭を下げた。
「椿をよろしくお願いします」
「しばらくお借りします」
わたしが何か言うまでもなく、二人の間で話が着いてしまった。
これでいいのかと戸惑っている間に、征二さんがスタッフルームからわたしの鞄を持って来てくれる。
「また明日、よろしくね。椿ちゃん」
「はい。おやすみなさい、征二さん」
「失礼します」