二度目の結婚は、溺愛から始まる
偶然か、ナンパ男が引き寄せているのか、その夜は女性客が多かった。
征二さんが、ナンパ男が気になる素振りを見せるお客さまには「臨時で来ているバーテンダー」だと説明し、積極的にアルコールドリンクの注文を取る。
征二さんの作るカクテル目当てで通っているお客さまは、注文するカクテルもちょっと凝ったものや変わったものだ。
中には、定番だがバーテンダーの腕を知るには一番と言われるものを注文する、手強いお客さまもいる。
「オールド・ファッション、ホーセズ・ネック」
「了解」
「ホワイト・ルシアンとおまかせで」
「おまかせ?」
「女性、仕事帰り、疲れ気味、甘党」
「オッケー」
「あちらの男性のお客さまは、ジンフィズ」
「……なるほど」
置き場所に迷うことなくボトルを取り出し、長い指でジガーカップを操り、素早くシェイカーを振る。
器用な手つきで、レモンの皮をむいたり、オレンジの皮を細工したり、オリーブやチェリーをピンに刺したり。
征二さんが認めるくらいだから、バーテンダーとしての腕はなかなかのものだろうと思っていたが、次々と告げられるオーダーをさばくナンパ男の手際の良さに、舌を巻く。
ひとつひとつの動作は、征二さんよりも大きく派手だ。
でも、不自然ではない。
(自分を一番魅力的に見せる術を知っているってことね)
出来上がったカクテルも見惚れてしまうほど美しい。
征二さんがサーブすると、どのお客さまも顔を綻ばせ、ひと口飲んで目を見開くのは――美味しいから。
悔しいけれど、その実力を認めるしかない。
ラストオーダーの八時半を回り、店に誰もいなくなると征二さんはにっこり笑った。
「片づけは俺がするから、残り三十分は椿ちゃんの学習タイムにしよう」
「えっ! そんな、わたしが片づけを……」
「いいから。椿ちゃんに教えれば、ナギも勘を取り戻しやすくなるから」
バーテンダーとしての腕をまざまざと見せつけられ、「イヤだ」という気持ちに「教わりたい」という気持ちが勝った。
とは言え、「どうか教えてください!」なんて素直に言える相手ではない。
「……よろしく、お願いします」
軽く頭を下げ、ぼそっと呟く。
「それが、ひとに教わる態度かよ」
反発したくなる気持ちをねじ伏せて、目を合わせてもう一度、はっきり口にする。
「お願いします」
「じゃあ、取り敢えず水と氷でステア」
「はい」
ミキシンググラスに入れた水と氷をバースプーンでかき混ぜる。
何てことはない「混ぜる」だけの動作だが、悉くダメ出しされた。
「バースプーン。持ち方からして、ダッセぇんだよ」
「モタモタすんな。氷全部解かす気か?」
「抜き方がなってない!」
「動作がガサツすぎる。本当にお嬢さまかよ?」
言い返したい。
言い返したいが、自分でも様になっていないと自覚している。
悔しさに唇を噛みしめ、延々とバースプーンを回し続けて三十分後。
「話にならねーな。家で練習して、出直して来い」
「…………はい」
曇りひとつないようグラスを拭き上げ、隅々までキッチンをきれいに片づけたナンパ男は、トドメのひと言を放った。
「いまの椿じゃ、シェーカーを振れるようになるまで、十年はかかりそうだな」