二度目の結婚は、溺愛から始まる
********
外来窓口が受付を終了した病院のロビーは、しんとしていた。
わたしのほかに、ベンチに座る人の姿はない。
お嬢さま――西園寺 花梨が処置室へ運ばれてから、軽く一時間は過ぎている。
彼女の容体はどうなのか、いったいどこが悪いのか。
詳しいことを知りたいけれど、家族でもなく、友人でもない。彼女の名前しか知らないわたしは、医師から説明を聞く立場になかった。
家族の許可を得て、現在医師から説明を受けているのは、彼女のお抱え運転手である山野さんだ。
西園寺家で運転手として働いて四十年になるという山野さんは、彼女の処置が終わるまでの間、わたしが最も知りたかったこと――彼女の正体を教えてくれた。
西園寺 花梨は、社長令嬢――正真正銘のお嬢さま。
彼女の父親が取締役社長を務める西園寺建設は、高層ビルや大規模な施設建設を手掛ける、国内では十指に入るスーパーゼネコンだ。
超が付くほど裕福な家の一人娘として生まれた彼女は、セレブなお嬢さまが全校生徒の九割を占める女子校を小・中・高・大学までストレートで卒業。その後、父親の秘書を経て、欧米を基盤とする海外ゼネコンのCEOと結婚。六年ほど、夫と共に世界各国を転々とする生活を送っていた。
ところが、昨年彼女の側から離婚訴訟を起こし、さんざん揉めた末にようやく先月決着。単身帰国した。
離婚の理由は、山野さんも知らないと言う。
おそらく「梛」の存在が関係しているのだろうが、彼女の意思を確かめずに勝手なことをするのはためらわれた。
梛に連絡すべきか否か。
手にしたスマホをじっと見つめ、悩むわたしを呼ぶ声がした。
「雨宮さま」
「あ……山野さんっ! 彼女はっ……」
戻って来た山野さんは、立ち上がったわたしを安心させるように軽く頷く。
「大事ありません。様子を見るために、今夜一晩は入院することになりそうですが」
「よかった……」
ホッとして、へなへなとベンチに再び座り込んだ。
「この度は、大変ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。雨宮さまがいらっしゃらなかったら、どうなっていたことか。本当に、ありがとうございます」
「そんなっ! わたしは何も……。あの、彼女と話はできますか?」
「現在、花梨お嬢さまは眠っていらっしゃいます。おそらく、明日の朝まで目を覚まされることはないかと……」
「それでしたら、ご家族とお話できますか? もうすぐこちらへいらっしゃるんですよね?」
詳しい事情を聞き出すことはできなくても、彼女が置かれている状況が少しでもわかれば、不用意な真似をせずに済む。
そう思ったのだが、眉根を寄せた山野さんは首を横に振った。
「旦那さまも奥さまも、いらっしゃる予定はございません」
「え?」