二度目の結婚は、溺愛から始まる


娘が倒れたのに、駆けつけないとはどういうことなのだろうか。


「実は……花梨お嬢さまが離婚したことに、お二人とも大変ご立腹なのです。実家へお戻りになることも許していません。療養中のお嬢さまのお見舞いにさえ、いらっしゃいませんでした」


西園寺家には、西園寺家の事情があるのだろうが、見舞うことすらしないなんてとても信じられず、唖然としてしまう。

しかし、いまはそんな家庭の事情より、彼女の身体のことが気になった。


「療養中って……やっぱり彼女、何か病気を患っているんですか?」


山野さんは、「本人の許可なくすべてを話すことはできないが」と前置きして、彼女が倒れた直接の原因を打ち明けた。


「実は、お嬢さまは一週間ほど前に手術を受け、今日退院されたばかりなのです」

「手術……退院って……そんな状態で、動き回っていたんですかっ!?」

「お嬢さまは頑固で、やや猪突猛進なところがございまして……。やると決めたことは後回しにしない性質なのです。とにかく、霧島さまにお会いしたかったのでしょう。まずは先方のご都合を伺ってからにしたほうがいいと申し上げたのですが、退院したその足で会いに行くとおっしゃって……」


山野さんの言うとおりだ。
予め梛に事情を伝えておけば、衝突は避けられたかもしれない。

いくらわだかまりがあったとしても、彼女の体調が万全ではないことを知っていたら、あそこまで酷い態度は取らなかったはずだ。

会いたいという気持ちだけで突っ走るなんて、不器用にもほどがある。


「梛……霧島さんは、突然西園寺さんが現れたことに驚いて、動揺して、あんな態度を取ってしまったんだと思います。もし、事情を知っていたら、冷静に話せたかもしれません」

「ええ。まさに、おっしゃるとおりです。霧島さまは、頑固なところがおありですが、冷たい方ではございませんから」

「彼のことをご存知なんですか?」

「はい。お二人がお付き合いされていた頃、彼とのデートに出かけるお嬢さまを何度も送り迎えしておりましたので」


当時のことを思い出したのか、山野さんは懐かしそうな笑みを浮かべ、しみじみと呟く。


「あの頃のお嬢さまは、若く健康で、生き生きとしていて、幸せそうで……何より、人生を謳歌されていました」


いまの彼女はちがうのか。

そう訊ねようと口を開きかけた時、山野さんが言い難そうな表情でおずおずと切り出した。


「あの……雨宮さま。わたしの口からこんなことをお願いするのは厚かましいと重々承知しておりますが……霧島さまに、お嬢さまとお話しいただけるよう、お口添えいただけませんでしょうか?」

「え?」

「雨宮さまからお話しいただければ、霧島さまもお聞き入れくださるかと。どうか、お願いいたしますっ!」


いきなりガバッと頭を下げられた。


「あの、や、山野さん、頭を上げてくださいっ!」

「お願いいたしますっ!」


腰から身体を二つ折りにして何度も頭を下げる山野さんにオロオロしていると、聞き覚えのある声がロビーに響き渡った。


「椿っ! いったい何があったっ!?」


ロビーを横切り、こちらへ近づいて来るのは、蓮と……ここにいるはずのない人物だ。


「柾……?」

「救急車で運ばれるなんて、どういうことだっ!?」


脇目も降らず一直線にわたしに駆け寄った兄は、肩を掴んでガクガク揺さぶる。

もしもわたしが怪我人だったらどうする気なのだと思いつつ、真っ先に浮かんだ疑問を口にした。


「ねえ、どうして柾がここにいるの? 日本にいなかったんじゃ……?」


混乱しているせいか、兄はあっさり真相を暴露した。




「海外出張には行っていないからだっ!」



「……は?」


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