二度目の結婚は、溺愛から始まる


紅さんには見えていないのだろうが、それまでニコニコ上機嫌モードだった蒼の表情が、一気に不機嫌モードへ切り替わるのを目の当たりにし、あまりの急変ぶりにあっけに取られた。


「椿さん?」

「えっ、あ、ああ、うん、ええと……」


(蓮のことを口にするなと言われたけれど、訊かれたことに答えるなとは言われてないし)


「元気よ。監査と株主総会の準備で忙しいみたいだけれど」

「そうよね。毎年この時期が、財務経理部の一番のピークだから。でも、総会が終われば、長期休暇も取れるはず。ちゃんと事前に調整すれば、旅行にだっていけると思うわ」

「仕事の鬼の蓮が、長期の休みを取るとは思えないけど……」

「椿さんが二人で旅行したいと言えば、ありったけの休暇を取るわよ、きっと。部長の優先順位は、仕事より椿さんが上だから」

「そ、そんなことは……ないと思うけど」

「そんなこと、あるわよ」


にっこり笑う紅さんは、わたしと蓮のいまの関係を知っているはずがないのに、何もかも見透かされているようで、気恥ずかしい。


「……でも、わたしの方が、休めないかもしれないわ」

「え?」

「いま、昔働いていたカフェを手伝ってるの。バーテンダーの修行中」

「バーテンダーって、夜遅いんじゃ……? すれ違いの生活にならない?」


紅さんが、心配そうに眉をひそめる。
蒼の形相がますます険しくなるのを見て、慌てて否定する。


「バーではないから閉店時間は早めだし、シフトもフルで入ってるわけじゃないから、それほど遅くはならないの」


しかし、涼と愛華に、ここぞとばかりにお説教された。


「そう言いながら、椿はのめり込んだら周りが見えなくなるからな。ちゃんとセーブしろよ?」

「そうよ! 蓮さんが優しいからって、好き勝手しちゃだめだからね?」

「……わかってるわよ」

「椿先輩。もしかして……そのバーテンダーの修行って、ナギさんに教わってる?」

「そ、そうだけど?」


どうして知っているのだと驚くわたしを見て、蒼は何かを思いついたのか、仏頂面を解き、にんまり笑った。


「ねえ、先輩。ひとつ……リクエストしてもいい?」

「リクエスト?」

「結婚式で、バーテンダーのカッコイイパフォーマンスを披露したら、きっと盛り上がると思うんだ」

「カッコイイ……パフォーマンス?」


蒼が何を言わんとしているのかまったく見当がつかず、答えを求めてチョコレート色の瞳を見つめ返す。


「古ーい映画で見たことがあるんだけど……」



天使のような顔で、腹黒い真似を平気でする人使いの荒い後輩が口にしたのは……、



「フレアバーテンディングって、一度ナマで見てみたかったんだよね」



とんでもない無茶ぶりだった。


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