二度目の結婚は、溺愛から始まる
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(し、昭和の匂いを感じるんだけど……)
タクシーを降りたわたしは、木造二階建てのアパート(マンションではない)を目にして、異世界に踏み込んだような心地に見舞われた。
錆びついた鉄製の階段。薄そうな壁に脆そうなドア。
乱雑に置かれた自転車たち。闇金のものと思われる督促状が張られたドア。郵便受けからあふれ出しているDMやいかがわしいチラシ。
キャミソールにショートパンツという目のやり場に困る恰好で、くわえタバコでルールを守らずゴミ出しをするお姉さまと目が合って、ごくりと唾を呑み込む。
「あんた、こんなとこに何しに来たの? 男に騙されでもした?」
バカにしたような表情で訊ねられ、ブンブンと首を振る。
お姉さまは、そんなわたしの様子で何か思い当たったのか、親指で二階を示した。
「アイツの部屋は、二階の奥。ドアに絵を描いてるところだよ」
「はい?」
「ここの住人で、お嬢さまをひっかけられるのは、アイツくらいだろ」
「……お嬢さま?」
「ここ二、三日、姿見てないから、留守かもしれないけど」
ひらひらと手を振って、お姉さまが一階の角部屋に消えるのを見届けて、階段を上る。
割れた鉢植えや酒の空き瓶、空き缶が転がる通路を奥へと進み、密林に色鮮やかな鳥が描かれた南国チックなドアの前で立ち止まる。
とても精巧な絵はCGで作成されたもの。梛の部屋でまちがいない。
深呼吸をひとつして、ドアの横にある小さなチャイムを鳴らす。
薄いドアの向こうから、呼び出し音が聞こえる。
しばらく待ってみたが、反応はないし、物音も聞こえない。
お姉さまの言うように、「いない」可能性もちらりと脳裏を過ったが、もう一度……二度、三度と鳴らしてみて、名案を思いついた。
(電話! 着信音がすれば、居留守かどうかわかるかもっ!)
鞄からスマホを取り出し、梛に電話を架けながら、ドアに耳をくっつける。
不審者そのものだが、いまはヒトの目を気にしてなどいられない。
ドアの向こうから微かに鈍い振動音が聞こえ、居留守を確信。
チャイムとノックを交互に繰り返し、最終手段とばかりに叫んだ。
「梛っ! ナーギーっ! このナンパ男っ! いるのはわかってるのよっ! 出て来なさいっ! 出て来なければっ……」
「うるせぇっ!」
ガチャリと音がしてドアが開き……