二度目の結婚は、溺愛から始まる
梛は、半分だけ埋まった「婚姻届」から彼女へと視線を移し、問いかけた。
「どうして、俺なんだ? 俺は、おまえに何もしてやれなかったし、これからだって……何もできない」
「何かしてほしいとは思っていないわ。いまさらだけれど……償いたいの。わたしの父のせいで、梛は会社を辞めなくてはならなかったし、フリーになってからも仕事がもらえずに苦労した。わたしが父を止められなかったせいだわ」
「確かに、おまえの父親からの妨害がなかったとは言わない。だが、結局は俺の力量の問題だ。飛び抜けた才能があれば仕事は得られただろうし、日本ではなく、海外で勝負することだってできた。時間が掛かったのは、それだけ努力する必要があったということだ」
「でも……」
「俺たちは、正式に婚約していたわけじゃない。別の相手と結婚したからと言って、償う必要なんかない」
「梛にはなくても、わたしにはあるの。わたしは、梛からたくさんのものを貰ったのに、何も返せなかったから。せめてわたしが持っている財産を梛に渡したいの。そのために、籍を入れて、結婚したことにしてほしいの」
「価値のあるものなんか、買ってやったことねぇだろ」
「ううん、たくさん貰ったわ。とても価値のあるものを……」
震えを抑え込むように、彼女が膝の上で組んだ手を固く握りしめる。
「梛。これで最後にするから。もう、二度と言わないから。だから……返事を聞かせて?」
再び、テーブルの上の婚姻届けに目を落とした梛は、意外なことを言い出した。
「……条件がある」
「条件?」
「それを呑むなら、結婚してやってもいい」
(どうしてそう……上からなのよっ!?)
ここまで来ても素直になれない梛に、怒りを通り越して呆れた。
蓮は、頭痛がすると言いたげに、眉間を指で擦っている。
いっそ、蓮と二人がかりで、無理やりにでも婚姻届にサインさせてしまおうかと思ってしまう。
しかし、わたしたちより遥かに梛のことを知っている彼女は、優しく微笑んで「条件って何かしら?」と問いかけた。
梛は、そんな彼女をまっすぐ見据え、思いもよらぬ言葉を口にした。
「俺より……長生きすることだ」