二度目の結婚は、溺愛から始まる
「……プロ、ポーズ?」
ガシャンという音がして、ハッとした。
手が滑り、落とした食器がシンクの中でほかの食器とぶつかって、割れていた。
「あっ! ご、ごめんなさっ……」
慌てて破片を拾い集めようとした指に痛みが走り、赤い血が滲む。
「椿っ!」
わたしの手首を掴んだ蓮は、洗剤と血を洗い流し、リビングのソファーに連れて行くと、うっすら血が滲んでいる薬指に思い切り消毒薬を振りかけた。
「いっっ!」
切った時以上の痛みで、目の縁に溜まっていた涙がこぼれ落ちる。
ズキズキ痛むのは、切った指ではなく別の場所だ。
動揺しているのを悟られたくなくて、顔を背けた。
わたしたちは、離婚した。
お互いに、誰とどんな人生を歩もうと、とやかく言う権利はない。
ましてや、嫉妬する権利なんて、どこにもない。
それなのに、軋むように胸が痛む。
「さほど深くはなさそうだから、すぐに血も止まるだろう。ちなみに……」
蓮は、わたしの指に絆創膏を貼り、途切れた会話を再開させた。
「プロポーズしたのは、橘じゃない。同じ部署の部下だ」
「え……?」
相手が「彼女」でも胸が痛むのに、さらに別の女性を好きになったのだと聞いて、茫然とする。
「むこうには付き合っているヤツがいて、結局きっぱりフラれたよ。初めから、そうなるだろうとわかっていたから、ショックではなかったんだが……」
「わかっていたって……どういうこと? 彼女が……好きだから結婚したかったんでしょう?」
新たな涙がこぼれないように、小さな声で問い返すのがやっとだった。
「好意は抱いていたが、なりふり構わず自分のものにしたいとまでは、思わなかった。これまで、椿以外に、そんな気持ちになったことがない」
「でもっ……」
冗談のようなプロポーズをしたくせに――。
そう言いたかったが、反論はキスで封じられた。
「あのタイミングで、椿と結婚すべきではない理由は山ほどあった。それでも、椿をいますぐ自分のものにしたかった。指輪も、花束も用意する余裕がないくらい……待てなかった」
「……嘘よ」
わたしが知る蓮は、いつだって余裕たっぷりだった。
追いかけても、追いつけないほどに、大人だった。
再会してからも、相変わらずわたしを子ども扱いしていた。
「今日だって、もし椿がいなくなっていたらと思うと、仕事が手につかなかった」
「そんなの、嘘よっ」
仕事が何よりも大事な蓮に限って、そんなことなどあるはずがない。
「嘘じゃない。家から一歩も出られないようにしておきたいのを我慢している」
「……監禁したいの?」