熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
(ちょっと待ってよ……)
そんな八雲を前に、花はプチンと自分の堪忍袋の緒が切れる音を聞いた。
花がつくもに訪れたその日から、着実に溜まり続けた鬱憤が許容量を超えたのだ。
(だけど、それより何より今のは──)
「──ちょっと待ってください」
凛とした花の声が、静寂に包まれた廊下に流れる時間を止める。
思わず足を止めた八雲が振り向いたと同時に、ツカツカと距離を詰めた花は八雲の眼前で立ち止まると、自分よりも頭一つ半も背の高い男の顔を臆することなく睨み上げた。
「今のは聞き捨てなりません」
キッパリと言い切る花の声に迷いはない。
「百歩譲ってこれまでのあなたの言動に関しては、聞き流したとしてあげます。だけど、仕事に悩んでいる従業員に対して、今の返答はないんじゃないですか⁉ あんまりです! 仮にもあなたは、この宿の主人を務める若旦那ですよね?」
興奮しきった花は顎を上げ、ズイ、と八雲の顔を下から睨んだ。
これまでになかった花の剣幕に、さすがの八雲も気圧される。