熱海温泉 つくも神様のお宿で花嫁修業いたします
──付喪神と人の恋。
それは一体、どのようなものなのだろう。
そもそも付喪神と人が恋に落ちるなど、現実的にあり得ることなのだろうか。
それこそ日本昔ばなしや神話の世界のような話で現実味がないが、それを言ったら今の花の状況も、十分に現実味のないものだった。
非現実的に思える、神様と人との恋路。
それでも恋焦がれた相手を失う辛さは、きっと神様も同じなのだろうと傘姫を見て思った。
齢二十五の花も、一応失恋の辛さは知っている。
とはいえ花の場合は騙されていたといっても不倫なので、傘姫の恋とは比べるのも烏滸おこがましいものだろう。
五十年も前に亡くなった想い人を、今でも一途に想い続けている傘姫の心は清らかで、美しい。
同時に、もう二度と会うことのできない相手を想い続ける心情は、一体どれほど苦しいものかは想像に難しくなかった。