さよならが言えなくなるその前に
ハア。ハア。
アパートの階段を上がって部屋に入る。
はー。
深い深呼吸。
心臓がドキドキいっている。
…何やってんの。
ちょっと、安心して気が抜ける。
コートを脱いで、ソファに座る。
心臓のドクドクはまだ治らない。
…ほんと、何やってんの。
わたしのばか。
思わず、『愛』なんて
言葉に反応してしまうなんて。
あんな怖そうな子たちに、怒鳴るなんて。
えらそうに、自分だって
愛なんて…
わかってないくせに。
…ぐ。
感情が押し寄せて
泣きそうになるのを
くちびる噛んで、こらえる。
あ、そっか。
もう家の中だから。
もういいんだ。
誰もいないから。
泣いてもいいんだ。
ほんとは
泣くもんか。
あんなひとのために泣くもんか。
そう思うのに、
やっぱり心は泣きたくてしょうがなくて
涙は勝手に出てくる。
…ばかみたい。
ポトリ。
涙が溢れた音がする。
奥さんがいたなんて…
奥さんがいるくせに、
愛してるなんて
そんな言葉。
こんなにも、信じていたなんて。
奥さんがいるのに、
気づけなかったなんて
こんなどこにでもある話。
どっぷりはまっていたなんて。
悲しいの?
悔しいの?
自分の駄目さかげんに
涙が出てるんじゃないの?
思い返せば
デートはいつも外だったとか
泊まったり、週末のデートは
少なかったとか
怪しい傾向はあったのに
浮かれて、スルーしてたのかも
ばかだよね…。
もう嫌になる。
こんな自分。