エリート御曹司が花嫁にご指名です
「コーヒーをお持ちします」

 私はドア付近で、明瞭に言葉にして執務室を後にした。

 誰もいないカフェスペースでテキパキと用意をして、執務室へ戻る。

 桜宮専務はデスクに向かい、三十分後に行われる経営戦略会議の資料を読み進めていた。

「会議の前に、傷の消毒をさせていただきたいのですが」

 アイスコーヒーを置いた私は、壮兄に頼まれていたことを口にする。

「消毒?」

 桜宮専務は資料から顔を上げて、私から自分の左手へ視線を落とす。

「はい。兄から、傷の具合も診るようにとのことでした」

「わかった」

 桜宮専務の了承を得て、私は自分のデスクに置いていた小さなバッグを持って振り返る。執務デスクで診させてもらおうと思ったのに、桜宮専務はソファへ移動していた。

「隣に座って」

 床に膝をつこうとする私に、包帯を外そうとしていた桜宮専務は、隣に腰を下ろさせる。

 何ヵ所かの傷口に、消毒液を浸み込ませた脱脂綿をそっと当てる。

 思ったよりもひどくなくて、ホッと安堵する私だ。それでも痛みはあるだろう。

 こんなふうに手に触れることなんてなかったから、顔に熱が集まり始めるのがわかる。

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